「物がないから格差もない」異国キューバの食から見えた風土

ここ数年、友人から旅先として頻繁に耳にする国がある。カリブ海に浮かぶラテンアメリカの国、キューバだ。

訪れた友人は皆「キューバは本当に素晴らしかった。あんな体験は二度とできない」と口を揃える。

キューバといえば革命と古いアメ車とサルサダンスくらいしか思い浮かばないものの、アメリカの東海岸に短期滞在する機会があり、せっかくなら行ってみようと勢い任せに航空券だけを取った。


カリブ海に浮かぶ島・キューバ。アメリカ東海岸のマイアミからは直線距離にして350km(東京ー名古屋間くらい)の距離

しかし、さあ行くぞと決めてから、困ったことがある。下調べのためにキューバを旅行した日本人のブログを漁っていると、高確率で「キューバ料理はおいしくない」という文言が目につくのだ。

ちなみに私は、昼ごはんを食べながら夜ごはんのことを考えてしまうくらい無類のごはん好きだ。旅行先に関しても、今まですべて「食」目的で行き先を選んできた。だから旅先の料理がおいしくないのは大変困る。

キューバは島国であり、美食の国・スペインの植民地でもあった。本当にキューバ料理はおいしくないのだろうか? それを確かめるために現地の人と同じ料理を食べ、現地の人に「リアルな食事情」を聞いてみようと思った。

キューバで話を聞いたのは、首都ハバナで日本料理の食堂を営む吉田沙由里(よしだ・さゆり)さん。日本人の沙由里さんは元々ジャーナリストとしてキューバを訪れ、この国に精通している。

本記事では私が見たキューバの姿に沙由里さんの話を織り交ぜながら、今なお残る配給制度の現状や食事情と、キューバ人が心豊かに暮らす秘訣について紹介する。

異国の街・ハバナを歩く

まず初めに、キューバを知る上で大切な「歴史」について簡単におさらいしたい。

1898年、キューバはスペインの植民地からアメリカの援助を受け独立した。その後は独裁やキューバ革命、キューバ危機、ソ連崩壊からの経済困窮などが起こり、国民は波瀾万丈な生活を送った。

いまや数少ない社会主義国家であり、最近では54年ぶりにアメリカと国交が回復したニュースも耳に新しい。世界規模での時代のうねりに翻弄されてきた国、それがキューバだ。

日本からキューバまでの直行便はなく、カナダのトロントやメキシコシティを経由するのが一般的なルート。私はトロント経由の深夜便でハバナに入った。

キューバに着いた翌朝、街に出ると目の前にピンクの古いアメリカ車がずらりと並んでいた。これらは20世紀前半のアメリカ統治時代に輸入された車で、60年近く走り続けているものも珍しくない。

世界遺産に登録されているハバナの旧市街を歩くと、ヨーロッパ様式の古い建物が立ち並び、人力タクシーや野菜の行商人が行き交っている。

異国感に圧倒されながら歩いていると、道端に座る男子から「チーナ!(※スペイン語で「中国人」)」と挨拶なのか揶揄なのかわからない声をひっきりなしに浴びる。気が向くときに「ハポン!(※スペイン語で「日本人」)」と返すと、「アー、ハポン!」と嬉しそうに笑い返してくれた。

野菜市場を見つけたので入ってみた。新鮮な野菜が山ほど積まれていて、見たことのないフルーツもたくさんある。野菜の価格は日本の1/5前後で、日本人からするとかなり安い。マンゴーを50円で買って食べると、時期が早いので少し酸っぱいが、とてもおいしいかった。

肉屋に置かれているのは、大半が豚肉とソーセージ。たまに鳥肉があり、牛肉はまず見かけなかった。そういえば、島国だというのに街に魚屋がないのも不思議に思った。


ツナサラダ


マンゴージュース

ハバナで最初に食べたのはツナサラダとマンゴージュース。これで10cuc(約1100円)だが、事前に現地の人が食べている料理は1〜5 cuc(約110〜550円)前後と聞いていたので、観光客向けの店は高いなと感じた。

※cuc=クック。キューバの通貨。1cuc=109円(2018年4月時点)

今回お話を聞かせてもらう沙由里さんのお店は、ハバナの中でも観光客の多い旧市街にある。さっそくお店を訪ねた。

醤油も満足に手に入らないキューバで営む日本料理店

山口

今日はよろしくお願いします。まず、沙由里さんのお店について教えてください。

吉田

私はいま、ハバナで「寿司 さゆ」という小さな食堂を営んでいます。以前は「クレープ さゆ」という名前のクレープ店だったのですが、お客さんから「ごはんものが食べたい」という要望があって食事を出し始めました。なかでも寿司が好評で、最近、店の名前を変えたところです。この店以外にも仕事があって、キューバで「カサ・パルティクラル(以下、カサ)」と呼ばれる民泊と、車のレンタル業も営んでいます。

山口

3つもお仕事をされているのですね。「寿司 さゆ」にはどんな方が来ますか?

吉田

日本をはじめとするアジア圏の観光客はもちろん、キューバ人向けに安く食事を提供しているので現地の人も来ます。キューバの若い子が「カツ丼が食べたい」とやってくることもありますね。


とんかつバーガーを買った青年たち。快く写真を撮らせてくれたナイスガイだ。日本のアニメはキューバでも人気で、現地の若者はカツ丼などのメニューも知っているそう

山口

寿司や親子丼などを提供されていますが、和食に必要な材料の調達が難しいのではないですか?

吉田

キューバで和食を作るのは大変ですよ。特に調味料はほとんど手に入らず、お店で使う醤油やとんかつソースは手作りです。例えばハバナの中華街で中国産の醤油が手に入るのですが、日本の醤油に比べるとクセが強くて私の口に合いません。でも他に売っていないので、水で薄めて塩を足し、なんとかアレンジして使っています。


お店で食べたカツ丼。お米は配給でも使われるベトナム産の米で、日本米に近い食感

山口

そもそも、沙由里さんとキューバの出会いは何がきっかけだったのでしょうか。

吉田

2003年、ニューヨークに住んでいた頃に友人に誘われて行ったキューバの写真展です。写真に写る街は同じニューヨークにあるハーレム地区と変わらない廃れた姿なのに、そこに住む人々の笑顔に写る目の輝きに衝動を覚え、それからひと月もかからず初めてキューバを訪れたんです。写真で見た通り、キューバには笑顔で足りないものを分け合い、心豊かに暮らす人々ばかりがいました。そんな人たちに魅了されてキューバに通い続け、ジャーナリストとしてキューバの本も執筆したんです。


沙由里さんの著書『小さな国の大きな奇跡~キューバ人が心豊かに暮らす理由~』。Amazonで中古が買えるので、ぜひチェックしてみてほしい

吉田

本を出版した頃、当時交際していたキューバ人との間に子どもを授かったんです。日本で出産し、子どもが4歳になるまではキューバと日本を行き来しながら育てていました。その後、競争のない社会と個性を活かしてくれるキューバの教育に魅力を感じて、5年前に移住しました。

山口

個性を活かしてくれるキューバの教育とは、どのようなものなんでしょう?

吉田

キューバではクラス内で子供に順番をつけません。日本の教育は常に勝つことが優勢で、人を助けることに欠けているように思います。これはキューバに来てはじめて痛感しました。それにキューバでは、勉強がわからない子にできる子が率先して教えるのが普通で、他人を助けることに躊躇しません。また日本では多数決が強く、マイノリティな思想は発言すら許されないように思います。キューバでは奪うよりも分けあう意識のある人が多く、個性が常に活かされる環境にあるのです。

「キューバの料理はおいしくない」は、嘘ときどき本当

山口

基本的な「キューバ料理」について教えてください。

吉田

キューバ料理はかつて植民地の宗主国だったスペインと、奴隷で連れてこられたアフリカ系の「混血料理」です。主食の米を中心に、豆を使ったポタージュをかけて食べたり、米と黒豆を一緒に炊いた、豆ごはん「コングリ」を作ったりすることも多いです。そこに焼いた鶏肉や豚肉とサラダを添えるのが一般的なキューバ料理ですね。


コングリ、ポークステーキ、トマトサラダなどが一皿に盛られた典型的なキューバ料理

山口

日本人にとっての「ごはんと味噌汁」が、「ごはんとポタージュ」なのですね。キューバでは他国の料理を食べる文化はあるのでしょうか。

吉田

いえ、キューバの人は好奇心旺盛なわりに食に対して保守的で、あまり冒険しません。食べ慣れた家庭のキューバ料理が好きなのだと思います。外食文化もほとんどなく、食事は家で食べる人がほとんどです。夜遊びに出かけるとしても家で食事してから行くことが多く、学校のお昼休みも2時間あるので、お昼を家で食べる子も多いですね。

山口

キューバは内食の文化なのですね。キューバに来る前に旅行者のブログを見ていたら「キューバは食事がおいしくない」とたくさん書かれていて、大丈夫かなと心配していたんです。

吉田

全然そんなことはないですよ! 料理のパターンは決まっていますが、味付けがシンプルで素朴なおいしさがあります。街のレストランでもキューバ料理は食べられますが、「カサ」などで現地の家に泊まる際に食べる家庭料理は特においしいと思います。


沙由里さんがいつもお昼に食べている仕出し料理屋の食事。コングリに薄焼きのポークステーキとサラダが添えられ、全体的にさっぱりとした素朴な味つけがおいしい

山口

では逆に、キューバでおいしくないものはありますか?

吉田

街のフードスタンドで売られているピザくらいですかね。正直言って、かなりひどい味がします(笑)。キューバ人はみんなピザやハンバーガーが好きなので、他のお店ができず選択肢も広がらないんです。コンビニがどこにでもある日本とは違いますね。


こちらが例のピザ。トッピングはソーセージ。かなり油っこく、私は一口が限界だった

「昔は誕生日ケーキも配給された」配給制度の今と昔

山口

キューバは配給制度が残っていると聞いたのですが?

吉田

ええ。国民が最低限生活できる食料を、国が低価格で提供する制度がありますね。キューバ革命から1年後の1960年に始まり、今でも続いています。国民一人一人に配給手帳が配られて、地区ごとの決められた場所に取りに行きます。


月ごとに項目が分かれた配給手帳。配給された数が記してある

吉田

配給には米や豆などの主食類、卵や鶏肉などのたんぱく質類、油や塩などの調味料が含まれています。今でも配給制度は続いていますが、昔に比べて量はかなり減りました。政府が国民を甘やかしすぎたと考え、市場主義や成果主義の考えを取り入れて、給料を上げる代わりに配給を少なくしたのです。今後は配給制度を廃止する方針だと聞いています。

山口

では、配給だけで生活するのは難しいのでしょうか。

吉田

はい。足りない分や配給に含まれていない野菜類は、配給よりも割高な市場やスーパーで買い足しています。私がキューバに来た頃は食糧の配給も豊富でしたし、歯磨き粉などの生活必需品から、誕生日にはケーキまでもらえるほど充実していたんですけどね。

山口

かなり変化しているのですね! そういえば、キューバの野菜は有機農法で作られていると聞きました。

吉田

ほとんどが有機農法だと思います。ただ、それは国民の健康のためではなく、有機農法しか道がなかったと言えますね。

山口

と、いいますと?

吉田

そもそもキューバはラテンアメリカでも随一の近代農法を行っていた国でした。しかしそれはソ連から輸入した農薬や化学肥料、農耕機械に頼り切った農業だったんです。加えて多くの食糧もソ連から輸入していました。しかし1991年にソ連が崩壊し、全ての輸入がストップします。食糧もなく、自国の農業さえもできない状況に陥り、配給は極端に減りました。当時は一日一食という日もあったようです。革命政府は「国民を一人も飢えさせない」という目標を掲げ、なんとか食糧を確保しようとしました。それまでの近代農法から牛耕で土を耕し、牛糞などの有機肥料を使った有機農法に時代を遡るように転換を図ったのです。それが功を奏し今でも続いています。

山口

必要にかられての有機農法だったとは知りませんでした。

吉田

ただ、キューバの有機農法がいつまでも続くとは思いません。というのもキューバの野菜は、他のラテンアメリカ諸国に比べてとても高価なのです。日本の方が安い値段で手に入る野菜もあるくらいです。これから先、低価格で国民に野菜を供給するために農薬を使った近代農法に再び戻る可能性もあると思います。他にも、牛や馬、魚が国の所有物で勝手に売買できなかったり、国営レストランがあったりと、社会主義国ならではの食糧事情は多いです。ただ、2014年には約9000店の国営レストランが民営化されるなど、徐々に変化は起きていますね。

キューバのお金持ちと貧乏の生活が大差ないワケ

山口

先ほど沙由里さんは3種類の仕事をされていると話していましたが、キューバでは副業をしている人が多いのでしょうか。

吉田

多いですね。キューバは社会主義国なので、国家公務員として働く人の平均月収は日本円で3000~4000円と言われています。当然それだけでは生活できないので、あまり表沙汰にできる話ではないのですが、生きる手段として教師をしながら副業でサルサを教える人、医者をしながら個人レッスンでスペイン語を教える人などがいます。また外貨を得るために個人営業の規制も年々緩和していて、私がやっているような飲食店やカサ、個人タクシーなどの経営に転職する人はどんどん増えていますね。

山口

観光客相手に商売する人は、平均月収が10万円ほどと聞きました。国家公務員の平均月収と比べるとかなり収入差がありますが、貧富の差も広がっているのでしょうか。

吉田

いえ、さほどお金持ちもそうでない人も生活に大差ないですね。なぜならキューバには生きるために必要最低限のものしかありませんから、たくさんお金を持っていても「さほど買うものがない」のです。先進国のようにものがあふれていれば、どれだけお金があっても足りませんよね。でもキューバでは大金を持っているからといって、クルーザーを買えるわけでもないし、海外旅行に簡単に行ける環境でもないのです。お金のある人の方が精神的にゆとりがあるとは思いますが、富を持つことには大して価値がない国です。一日働いて稼いだ10cucが友人と飲むビール代で終わっても、また明日は明日で稼いで頑張ろうという感じで生きています。過去には生活に必要な最小限のものでさえ手に入らなかった時代がありました。人々の間でモノを奪い合うのではなく、分け合って生きてきましたから、キューバの人は分け合うことを恐れません。それがキューバ人の心の豊かさをつくる秘訣かもしれないですね。

まとめ

キューバ人の「分け合い、助け合う生き方」は、歴史における数々の試練を乗り越えたからこそ生まれたものだろう。そうしたキューバ人の心豊かな生き方こそが、多くの旅人を魅了している所以だと感じる。

旅行中に困ったことがあれば必ず親切な誰かが助けてくれたし、人々の暮らしぶりを見ているだけで、足りないものを補い合いながら生活しているのがよく理解できた。


木製の手作りチャイルドシート。なければ自分たちで作ろうと、キューバの人はDIYが得意

そしてキューバの人々は、インターネットに気を取られず、目の前に起こる出来事に目を見張る楽しさを知っている。いまを生きる人たちの健やかでみずみずしい姿が、日本で生きる私には眩しく映った。

最後になるが、これからキューバ旅行を検討している方はぜひ現地の人と密に関わり、おいしい家庭料理にありつくためにも(ここが大事!)カサに宿泊することを全力でおすすめしたい。

事前にAirbnbなどを通じて予約もできるが、現地には無限にカサがあるので予約せずとも当日に探すので十分。そしてハバナの街に出かけたら、ぜひ沙由里さんを訪ねてみてほしい。キューバの楽しみ方を存分に教えてくれるはずだ。

書いた人 : 山口祐加

1992年東京生まれ。フードプランナー、ライター。両親共働きで、母親に「ゆかが料理を作らないと晩御飯ないよ」と笑顔でおどされ、7歳のときに料理に目覚めました。料理と外食(2017年は新規220軒)と旅が好きです。

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