愛知の味噌業界が真っ二つ! 地域ブランド施策「GI制度」が起こした論争

八丁味噌文化の過去、現在、そして未来

「夕張メロン」や「神戸ビーフ」など「地域名+農林水産物・食品」の組み合わせで表記されるブランド食材。これらの名称は、「GI制度」という農林水産省の施策によって知的財産として保護されています。

日本の食文化を守るための施策であるGI制度。ところが、GI制度によって、ある食材が岐路に立たされています。それが「八丁味噌」です。

もともと八丁味噌は、愛知県岡崎市八帖町(はっちょうちょう)の発祥。400年前から岡崎で八丁味噌をつくり続けてきた老舗が「まるや八丁味噌(以下、まるや)」と「カクキュー(正式名称:合資会社八丁味噌)」です。しかし、この老舗2社がGI制度によって、商品に「八丁味噌」という名称を使えなくなるかもしれない事態が起きています。

一方で、商品に「八丁味噌」という名称を使用できるとGI制度で認定されたのは、中利(ナカリ)やイチビキといった県内の味噌メーカーが所属する別団体「愛知県味噌溜醤油工業協同組合(以下、県組合)」。

この認定にはさまざまな声が上がり、見直しを求める署名には、なんと4万人近くの賛同が集まりました。

そして2018年11月、まるやとカクキューの2社にGI制度問題に関してインタビューした記事は、大きな反響を呼びました。


「八丁味噌」は誰のもの? 老舗味噌メーカーを翻弄する政策のひずみ

「なぜ八丁味噌メーカーが『八丁味噌』を名乗れないのか」
「そもそも誰のための施策なのか」
「ブランドを守るための施策のはずが、なぜ生産者を苦しめているのか」

しかし、片方の意見だけでは、この問題の根っこにあるものはわかりません。そこで県組合の側にも、八丁味噌をGI制度に登録した意図や経緯について話を聞くことにしました。


写真左/小倉ヒラクさん、写真右/県組合の専務理事・富田茂夫さん

前回のインタビューにも立ち会った発酵・微生物学の専門家である小倉ヒラクさんと共に、県組合の専務理事・富田茂夫さんを訪ねました。話を通じて見えてきたのは、行政が地域の歴史や文化と向き合うことの複雑さでした。

岡崎が八丁味噌のルーツであることは間違いない

田中

まるやとカクキューからはそれぞれ「岡崎が八丁味噌・発祥の地なのに名称を使用できないのはおかしい」というお話を聞きました。実際のところ、県組合ではこの問題をどのように考えているのでしょうか?

富田

岡崎が八丁味噌・発祥の地であることは間違いありません。我々もまるやとカクキューを尊敬していますし、江戸時代から八丁味噌をつくり続けてきた企業だと強く認識しています。ただですね、過去をさかのぼってみると愛知県内の他の味噌蔵がこぞって2社の製法を真似してきた歴史があります。今だったら「パクリ」と言われてしまうかもしれませんが、八丁味噌の製法は長い時間をかけて愛知県内の味噌蔵に広まっていったわけです。私たちもいろいろ調べたのですが、1927年(昭和2年)に中利が「昭和八丁味噌」の名称で販売を開始。さらに1940年(昭和15年)にはイチビキが同名称を商標登録しています。もちろん発祥の地は岡崎であり、その中心的な存在がまるやとカクキューであったことは間違いないのですが、現在では中利、イチビキを含む県組合の味噌メーカー6社でつくられています。

ヒラク

岡崎が発祥の地であることは認める。ただ、県組合の味噌メーカーにも100年近く前からつくってきたところがある、と。

富田

その通りです。もっと古い話をすると、知多半島の味噌蔵では八丁味噌に関する独自の定義もあったようです。

富田

八丁味噌に代表される豆味噌を仕込むと「たまり」という旨味成分の液体が表面に出てきます。その「たまり」を抜いたものを「普通味噌」、抜かずにつくった高級品を「八丁味噌」と呼んでいたそうです。製法は違えども、古くから県内の味噌蔵で「八丁味噌」という名称が使われていたわけですね。

ヒラク

いま議論されている製法以外の定義があったんですね。

富田

実際のところ、製法もまるやとカクキューが立ち上げた「八丁味噌協同組合」の基準と、われわれの基準に大きな差はないと考えています。大豆を蒸して、「味噌玉」と呼ばれる団子状のかたまりをつくって、表面に麹菌をつけることで分解させていく。規模や設備に差はあれど、古くから伝わる製法に違いはありません。

ヒラク

え? でも、八丁味噌協同組合が申請した基準と県組合の基準とは違うようですが……?


組合ごとの申請内容の違い。まるやとカクキューが加入している「八丁味噌協同組合」は県組合よりも基準が厳しい

富田

確かに違います。が、明確な理由があります。たとえば、味噌玉のサイズ。八丁味噌協同組合が「握りこぶし大」と定義しているのに対し、県組合は「直径20mm以上、長さ50mm以上」と定義していますよね。県組合の定義のほうが味噌玉のサイズが小さい。理由は、小さいほうが分解しやすいからです。味噌玉が大きすぎると、表面につけた麹菌が内部まで入りにくい。そうすると当然分解も進みづらく、味噌ができあがるまでに時間もかかる。だから私たちはあえて味噌玉のサイズを小さく定義して、分解が早く進むようにしているわけです。

味噌業界の危機に揺らぐ「伝統」の価値

ヒラク

熟成期間についてもおしえてください。分解は温度によって加速されるので、「天然醸造で2年以上」と「一夏以上」では大きく異なると思うのですが……。

富田

実際のところ、県組合のメーカーで一夏以上、つまり6〜8月の3ヶ月間で出荷しているところはありません。3ヶ月であの深い色味はまず出ませんから。1年5ヶ月〜1年8ヶ月ぐらいを熟成期間に充てています。

ヒラク

では、なぜ「一夏以上」という表記に?

富田

これが、ちょっとややこしいんですよね(苦笑)。まず、基本的に味噌は20℃以下では発酵・分解は進みません。20℃を超えるとしたら6〜9月しかないので、「一夏以上」という基準を設けました。ところが、実際にデータを取ってみると、八丁味噌特有の旨味や色味に行き着くまでにはどうしても1年以上は熟成にかかることがわかりました。そこでプラスアルファの基準として参考にしたのが「積算温度」というデータです。積算温度の算出方法は、「20℃以上の温度×日数」。つまり、気温から20を引いた数字を、日数で掛け算します。たとえば、25℃の日が30日続くと「5℃×30日」で「150℃」が積算温度となる。そのため、私たちは新たに「積算温度:1800℃」という基準を設けました。愛知県の6〜9月の平均気温が25℃なので、必然的に丸2年近くは熟成させることになるわけです。

ヒラク

だったら、「積算温度:1800℃以上」と記載すればいいのに……。

富田

もともとは「積算温度」と表記していたのですが、農水省からもっとわかりやすい言葉で表記するように言われまして……。それで、現在の「一夏以上熟成 ※温度調整を行う場合は25℃以上で最低10ヶ月」という表記に落ち着きました。

田中

わ、わかりにくい……!

ヒラク

とはいえ、県組合のメーカーが味噌をきちんと熟成させていることはよくわかりました。でも、そうすると岡崎の2社と県組合で一体何が違うんでしょう?

富田

我々もよくわからないというのが正直なところです。まるやとカクキューは「自分たちは伝統製法だ」とおっしゃいますが、何をもって伝統製法なのか。確かに昔は完全に手作業だったと思います。ただ、ある程度消費者に普及させていくためには大量生産せざるを得ない。そうなれば、必然的に設備も必要になりますよね。たとえば、大豆を蒸す工程。もともとの製法としては大きな釜のうえにカゴを置いて大豆を蒸していましたが、今ではまるやとカクキューも含めてほとんどの味噌メーカーが「NK缶」という高圧釜を使用しています。そうなるとますます「伝統製法」が何を指すのかわからなくなるし、我々と何も違わないのではないかと思うわけです。

田中

以前、まるやとカクキューは「(県組合の味噌とは)味が違う」というお話をしていました。そのあたりについてはいかがでしょう?

富田

もちろん厳密に分析すれば違いますよ。GI制度への登録について2社から不服審査請求を受けて味噌の成分の機器分析をしたところ、差は出ました。ただ、その差はあくまでもバラつきの範疇ですよ。まるやとカクキューの八丁味噌でも差が出るぐらいですから。さらに、機器分析とは別に「みそ製造技能士」という国家資格保持者を20名ぐらい集めて製品の味や香りなどの感応検査をしたところ、差は出なかった。機械で分析すればわかるけど、人間にはわからないレベルの差ということなのではないでしょうか。

対立なんてしたくない。本当は手を組みたい

ヒラク

あえて対立するような形でGI制度に登録したのはどういった意図があるんですか?

富田

別に対立したかったわけではありません。味噌業界を守りたかっただけなんです。先ほども申し上げたように1927年(昭和2年)にナカモが「昭和八丁味噌」を販売開始し、今では佐藤醸造、中利、盛田、野田味噌商店、イチビキの計6社がつくっているわけです。「まるやとカクキュー以外は『八丁味噌』じゃない」となると、県組合側のこれまでの100年が否定されるのと同じ。確かにまるやとカクキューの400年と比べたらまだまだだけど、県組合の6社が費やしてきた100年という月日も充分に誇れる歴史だと思うんです。

ヒラク

確かに。

富田

もっといってしまえば、われわれもまるやとカクキューとは協力体制を築きたいんですよね。味噌業界全体を見ると、年間生産量はずっと減少傾向。42万t、41万tと減ってきて、40万tを切るのもそんなに遠くない未来の出来事と予測しています。さらに、味噌全体の生産量のなかで八丁味噌のみに限定すると、年間2000tぐらい。はっきり言って、八丁味噌の未来は明るくありません。これから100年、200年と事業を続けていこうと思ったら、小競り合いなんかするよりも、まるやとカクキュープラス県組合の6社で、お互いに原材料や設備を供給し合いながら共存していくほうが絶対に有利だと思いませんか。

富田

少なくとも愛知県内で「八丁味噌」と大々的に謳ったとしても、知名度が高いまるやとカクキューをイメージする消費者がほとんどだと思います。まるやとカクキューの商品と県組合の商品が変わらない値段で店頭に並んでいたら、ほとんどがまるやとカクキューを選びますよ。だから、損はしないはずなんですけどねぇ。

ヒラク

まるやとカクキューが懸念しているのが、新興メーカーが新規参入して「八丁味噌」というラベルで大量生産してどんどん販売したときに、海外の市場から同じものとして見られてしまうリスクです。そのあたりはどう考えていますか?

富田

商売は基本、競合ありきじゃないですか。同じ規格のなかで新規参入企業が大量につくって安く販売しても、自分たちの品質と味、つまり実力で勝負するしかないわけです。消費者は「今」の品質で選ぶので。「長くつくってるから美味しい」というわけではありませんが、少なくとも、まるやとカクキューには勝ち続けてきた歴史があるので、自信を持っていいはずです。それに、いくら大手メーカーといえども、わざわざ新規参入して八丁味噌をつくらないと思います。まるやとカクキューのような設備を揃えようと思ったら、20億〜40億円はかかるので。だから、まるやとカクキューが心配しているような事態は起こりえないんです。

ヒラク

では、まるやとカクキューと手を組んでいくためにどんなことをしているんですか?

富田

実は、われわれが農水省に申請した八丁味噌の基準は、かなり広めに枠を取っています。そのため、現状のGI制度の「八丁味噌」のなかで、まるやとカクキューが独自に厳しい基準を定め、登録することもできます。つまり、「八帖町以外はNG」「高さ2mの木桶のみ」といった基準を設け、「八丁味噌・発祥の地」とか「八丁味噌四百年」といったサブタイトル的な名称をつけてGI制度のなかで登録できるということです。そうすれば、県組合の6社との差別化も図れるはず。ただ、残念ながらまるやとカクキューからの理解は得られませんでした。やはり「八丁味噌」のみで登録できないことがネックなんでしょうね。

田中

うーん……でも「発祥の地なのになぜ『八丁味噌』だけで名乗ってはいけないんだ?」という気持ちは少しわかります。

富田

だから我々はもっと話し合いをしたいんですよ。こちらとしてはまるやとカクキューを否定するつもりはさらさらないし、門戸を開いているつもりなのですが、なかなか……(苦笑)。でも、このままでは愛知県の味噌業界全体が立ち行かなくなってしまう。対立するのではなく、膝を突き合わせて真剣に考える時期にきているんです。そういった状況下で、GI制度は考え方次第でうまく活用できる施策だと思うんですよ。もっと我々からもアプローチしなければいけないのかもしれませんが、まるやとカクキューからもぜひリアクションいただけたら嬉しいですね。そして、未来について話し合っていきたいです。

区切り線

「実は『八丁味噌』の名称使用に関して、まるやとカクキューは100年近く議論しているんですよね」

取材後、富田さんはため息交じりにこう語りました。八丁味噌を取り巻く愛知県内での議論。今回、まるや、カクキュー側と県組合側の双方の話を聞き、「どちらが正しい、どちらが間違っている」という類の議論ではないことをまざまざと感じました。

お互い、100年もの間、議論が続いているからこそ譲れない部分もある。ある意味、そんな状況のなか強引に政策として線引きすることで、潜在化していたひずみが浮き彫りになったわけです。

地域に根付く歴史や文化は、数値化できないものばかり。その複雑さを受け入れていくことこそが「地域ブランドと向き合うこと」の第一歩なのではないでしょうか。

そして記事の公開直前、小倉ヒラクさんから次のようなコメントをいただきました。

「八丁味噌」は何百年と時間をかけてでき上がったブランドです。その行く末について、八丁味噌を愛する消費者へ情報が適切に開示されないまま、たった数ヶ月で結論を出し、制度を走らせないほうがいい。
当事者のまるやとカクキュー、そして県組合が議論を尽くした上で、両者が納得のいく制度になればと願っています。もし議論の場が実現するのであれば、僕も同席します!

私もBAMP編集部も、この論争の解決に向け、できる限り協力したいと考えています。今回の記事がまるやとカクキュー、そして県組合による平和的な対話のきっかけになることを願うばかりです。

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書いた人 : 田中 嘉人

1983年生まれ。静岡県出身。静岡文化芸術大学大学院修了後、2008年にエン・ジャパンへ入社。求人広告のコピーライターとしてキャリアをスタートする。その後、Webメディア編集チームへ異動。CAREER HACKをはじめとするWebメディアの編集・執筆に関わる。2017年5月1日、ライター/編集者として独立。

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