「後継ぎがいない…」窯元の危機を救ったのはインターネットだった!?

宮崎の住宅街に静かに佇む『小松原窯』。歴史の幕を閉じようとしていた窯元で、3人の人生が重なった。

後継者不足問題に直面しているのは、農業や漁業といった第一次産業だけではありません。伝統工芸の分野においても、問題は深刻です。

宮崎県宮崎市月見ヶ丘。窯元『小松原窯』も、後継者不在により熟練の技法が途絶えようとしていました。

『小松原窯』の誕生は、400年前。戦国時代以前より絶やすことなく守られてきた火が、15代目・朴平意さん(62)を最後に消えようとしていたのです。

この危機に立ち上がったのが、宮崎でWeb制作・マーケティングなどを手がける『Katatium(カタチウム)』の代表 東郷剛さん。東郷さんは宮崎南小学校に通っていたときに、近所の『小松原窯』に何度も足を運び、朴さんに我が子のように可愛がられていました。

過去の恩返しをすべく、東郷さんは朴さんにクラウドファンディングを提案。残念ながらプロジェクトは未達に終わりましたが、この取り組みを通じてあるドラマが生まれたのです。

登場人物は、朴さん、東郷さんともうひとり。クラウドファンディングをきっかけに彼らに起こった奇跡のような物語をお届けします。

跡継ぎのいない宮崎県伝統工芸、小松原窯。世界に1つだけの作品をあなたへ!
  • 支援総額/目標
    596,000円 / 1,000,000円(目標の59%・49人が支援)
  • 内容
    小松原窯を日本中、世界中の方に知って頂きたい。プロジェクトのために制作した器を、リターンとして皆さんの手元に届けます。

子どもの頃に可愛がってもらった恩返しをしたかった

-本題に入る前に、東郷さんが『小松原窯』でクラウドファンディングを始めた経緯から教えてください。


『Katatium(カタチウム)』の代表でプロジェクトの発起人である東郷剛さん

東郷さん
小学校時代の僕にとって『小松原窯』は遊び場で、朴先生は“遊びの先生”でした。窯のすぐそばの池で魚釣りを教えてもらったり、モデルガンで使わない粘土に射撃したり…ものすごく濃い時間を過ごした場所だったんです。

朴先生
よく遊びに来てたよね。帰りが遅くなるから、お母さんと一緒に来たこともあった。冗談で「弟子になるか?」って聞いたら「なる」って。「じゃあ、高校は卒業しておけよ」なんてやり取りをしていました。

東郷さん
結局、親の仕事の都合で1年くらいしか南小学校には通えなかったんですけどね。

社会人になって、宮崎でインターネットの会社を立ち上げることになったんです。それで久しぶりに窯に寄ったら、改めて職人がつくり出す作品の美しさや先生の眼差しのカッコよさに気付いたんです。「インターネットで何か仕掛けるなら先生と一緒にやりたい」。そんな想いに駆られたのを覚えています。

でも、窯は後継者問題に直面している。先生も高齢で「あとどれだけ作品を残せるか」とおっしゃっている。たとえば350個焼いたとしても、納得いくカタチに仕上がるのは10個程度。それも数ヶ月かけてようやく完成するんです。だから少しでも早く動き出さなきゃ、と。

そんなときに、CAMPFIREとの提携が決まって。「クラウドファンディングをやるならココだ」と思って、すぐに先生に提案しました。400年の歴史によって生み出された作品を、日本中、いや世界中の人に知ってもらいましょうって。

-朴先生は東郷さんからの提案をどう思ったんですか?


小松原窯の15代目 朴平意さん

朴先生
嬉しかったですよ。うちの窯はずっと地域の子どもたちの遊び場になっていたんですけど、可愛がってきてよかったと思いました(笑)。

人間は、少し有名になると天狗になって、人を上から見下すようになってしまう。そうなったら、もう終わりですよ。人を大事にしていると、困っているときに助けてくれるんです。特に子どもには未来がありますからね。

-クラウドファンディング…というか、インターネットを活用することには抵抗なかったんですか?

朴先生
正直、最初は抵抗がありましたよ。僕の作品もインターネット越しじゃ触ることもできないので。でも、東郷さんに「スマホがあれば世界が広がるから」って言われて。

東郷さん
クラウドファンディングを始めてから、先生はスマホを購入したんですよ。プロジェクトの進捗をチェックするために。

朴先生
東郷さんの言う通りに毎日スマホを練習したんです。陶芸教室の生徒さんに相手役をやってもらってLINEもやりました。

やってみると、ものすごくおもしろいんですね(笑)。若い人たちが、みんな持っているのがよくわかる。何でも見れるし、音声認識もできるし。この間、スマホが方言をなかなか聞き取ってくれないときは戸惑いましたけど(笑)。

クラウドファンディングが起こした奇跡の物語

-お二人が手を組んでクラウドファンディングが始まったわけですね。でも、残念ながらプロジェクト自体は……?

東郷さん
未達でした。目標100万円に対して、60万円弱ですね。


クラウドファンディングは未達成に終わった

ただ、僕は結果が全てではないと思っています。というのも、僕が通っていた南小学校の卒業生たちがシェアをしてくれて。僕のように窯を遊び場にしていた人たちが、存続を願っていることを実感できたのがすごく嬉しかったです。

何より感動したのが「後継者になりたい」という人からの連絡です。クラウドファンディングを始めたことで、『小松原窯』が抱えていた大きな問題を解決できたんです。

-え……?

東郷さん
もともとサラリーマンをされてた方なんですけど、プロジェクトのページを見たことがきっかけで先生のところへ連絡してくれて。2017年の7月から働いているんです。

朴先生
呼んでみましょうか?おーい、ユウヤ〜! 僕が呼んだらすぐに来ますよ(笑)。

(5秒後)

ユウヤさん
はい!どうしました?

-本当にすぐ来てくれた(笑)! あの、すみません、唐突なんですけど、ユウヤさんはなぜこの窯に?


サラリーマンから陶芸家へと転身し、修行に励むユウヤさん

ユウヤさん
小さい頃から芸術には興味があったんです。陶芸は特に。でも、親に「やりたい」って言ってもずっと反対されていました。

だから、そのままズルズルとサラリーマンとして働いていたんですね。でも、ふとしたときに「このまま好きなことをできないまま人生が終わるのか…」って思ったら居ても立っても居られなくなって。ダメ元で、妻に相談しました。「好きなことを仕事にしたい」って。

反対されると思っていたんですが、妻の反応は意外にも「やったらいいじゃん」だったんですね。すごく嬉しくて、陶芸を学べるところを探し始めたんです。

そんなときにクラウドファンディングのページを見つけました。ウソみたいですけど、器のカッコ良さに一目惚れしてしまって、すぐに話を聞きに来たんです。

-クラウドファンディングをきっかけに弟子入りをしようと!?

朴先生
「弟子になりたい」と言われて驚きました。もう弟子は取らないと思っていたんで。

まずは意思確認ですよね。「一人前への道は険しいけど、それでもやるのか?」と。そうしたらやりたいって言うんですよ。でも、聞いたら結婚していて、子どもも産まれたばかりだと言うじゃないですか。「修行中の身に給料は払えない」と言ったら、昼間は修行して、夜働くと言うんです。本気なんですよね。

そうなったらこっちも本気になりますよね。「じゃあ、一人前になるまで10年かかるところを1年で仕上げてやる」と。そうしたら、彼は陶芸教室の生徒が2〜3年かかってようやくできるようになるところを2〜3時間で仕上げたんです。大したものですよ。

-すごい……!

ユウヤさん
いやいや…まだ始めてまもないですから……。

でも、とても嬉しかった出来事がありました。最近、学生時代の同窓会があったんですけど、先生が「自分でつくった器を持っていって恩師にプレゼントしたらどうだ?」って言ってくれたんです。器が完成すると最後にサインを入れるんですけど、「おもしろいサインにしろ」って丁寧に指導してくれて。

朴先生
やるからには、カッコいい陶芸家になってほしいんですよ。依頼された仕事もできれば、個性のある器もつくれるような陶芸家になってほしい。サインは陶芸家の顔ですからね。


ユウヤさんのサイン

ユウヤさん
今は15時まで窯で修行して、休憩してから夜働くようにしています。ものすごく充実した毎日を過ごしていますよ。

-窯の歴史が途絶えようとしていたところに念願の弟子が現れた。そんな奇跡みたいなことって本当にあるんですね……!

『小松原窯』を照らす、未来への光

-今回のクラウドファンディングを振り返って、東郷さんはどう感じていますか?

東郷さん
プロジェクトとして未達でしたが、大成功だったと思っています。窯の魅力を発信するきっかけになったし、何より後継者不足問題を解決できた。

朴先生
クラウドファンディングを始めたことで、東京とかから「蛇蝎(だかつ)のマグカップをつくってほしい」「梅華皮(かいらぎ)のとっくりをつくってほしい」といった依頼が来るようになりました。


左から『蛇蝎(だかつ)』、『梅華皮(かいらぎ)』

東郷さん
ひいき目じゃなくて、『小松原窯』の器って本当におもしろいんですよ。スパイダーマンにインスパイアされたぐい呑みをつくったりしていて、伝統を守りながらも革新的でもある。先生の個展での立ち振る舞いもユニークですよ。


朴先生が映画『スパイダーマン』にインスパイアされ、制作した器

朴先生
そうですね。普通、個展にお客さんが来てくれたら陶芸家は付いて回っていろいろ解説するんですけど、僕はしていません。その方が器の良さを実感してもらいやすいんですよね。それに、僕みたいな人間が後ろから付いて来たら怖いじゃないですか(笑)。

-いやいや(笑)。今後東郷さんは『小松原窯』とどのように関わっていくんですか?

東郷さん
そうですね。今ちょうどホームページをつくっているところなんです。

伝統工芸品のホームページって難しいことが多いんです。完全手づくりだし、焼いたものが全部商品になるわけではないので、注文が入りすぎたら……って思うと。

でも、僕自身思い入れがあるし、後継者も見つかったわけなんで、『小松原窯』が少しでも興味を持ってもらえるように支援していきたいと思います。

-ありがとうございます。たとえ小さな声だとしても勇気を持ってチャレンジすることで大きな結果に繋がるということを実感できるエピソードでした。ユウヤさんの成長、そして『小松原窯』のさらなる発展を心から応援したいです。

区切り線

この話を聞いて、まるでドラマのようなエピソードだと感じました。

しかし、冷静になって考えると、奇跡の裏側には、東郷さんの恩返しの気持ち、ユウヤさんの勇気あるチャレンジ、そして朴先生の作品に対する研ぎ澄まされた感性と強いこだわりがあるわけです。

「奇跡は起こるのを待つのではなく、自ら起こすものだ」。今やチャンスは平等にあります。チャンスをモノにできるかどうかは、地道な積み重ねとほんの少しの勇気にかかっているのではないでしょうか。

書いた人 : 田中 嘉人

1983年生まれ。静岡県出身。静岡文化芸術大学大学院修了後、2008年にエン・ジャパンへ入社。求人広告のコピーライターとしてキャリアをスタートする。その後、Webメディア編集チームへ異動。CAREER HACKをはじめとするWebメディアの編集・執筆に関わる。2017年5月1日、ライター/編集者として独立。

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