糖尿病でも「選べるように」。インスリンバッグの楽しい提案

あらゆるメーカーやブランドが多種多様な商品を世に出し続けているこの時代。健康で文化的な生活をしている人なら、多くの人が自分の持ち物や服をある程度は自由に選ぶことができます。

一方で、医療用品など専門的で需要が限られた商品になると、途端にその選択肢は極めて狭まってしまいます。その中のひとつが、「インスリンバッグ」と呼ばれる糖尿病の人が使用するバッグです。

糖尿病は、血液中のブドウ糖(血糖)を一定の範囲におさめるホルモン「インスリン」がうまく働かず、血糖値が高いままになってしまう病気のこと(※1)。

高い血糖値はさまざまな合併症を引き起こす恐れがあるため、糖尿病患者の方は食事療法や運動療法のほか、注射や経口薬などでインスリンを体内に投与する治療をおこないます。


※1…2016年時点での糖尿病患者の数は約1000万人(2016年厚生労働省調べ)と言われており、日本人の約10人に1人が発症している計算となる


インスリン製剤がなくなれば使い捨てるタイプのペン型注射器(写真左)と、血糖値を測定する機器(写真右)

なかでもインスリンが非常に不足しているか全くない「Ⅰ型糖尿病」(※2)の患者の方たちの多くは、1日に複数回、インスリンを自ら注射しています。

注射器やインスリン製剤、さらに血糖値を測定する機器を常備する必要があるため、それらを収めるインスリンバッグが必要となります。

しかし、市販されているインスリンバッグの多くは極めて簡素なデザインのため、日常的に持ち歩くものにも関わらず、好きなものを選ぶことが難しいのが実情です。

※2…糖尿病には「Ⅰ型」「Ⅱ型」があり、そのうちインスリンがほとんど分泌されない「Ⅰ型」は全体の約1割以下だという

そんなインスリンバッグを「持っていて楽しいもの」にしようと考えたのが、Ndesignの西村朱乃(にしむら・あけの、写真左)さんと、中西美江子(なかにし・みえこ、写真右)さん。

二人は糖尿病患者ではありませんが、家族や身近な友人が糖尿病にかかったことをきっかけに、バッグをつくることを思い立ったといいます。

見ているだけで楽しくなる鮮やかな色から、男性にも使いやすいシックなモノトーンの配色まで、バッグの種類は多彩です。

「誰もが楽しい毎日を」をモットーとしているお二人に、インスリンバッグをつくった経緯、そしてデザインに込めた想いを伺いました。

職人との運命の出会いから生まれた

しんたく

お二人の作られているインスリンバッグですが、デザインがとてもかわいらしいですね。

中西

私たちのモットーは「持っていて嬉しいインスリンバッグ」なんですけど、インスリン補充の必要な患者の方は、1日に何度かインスリン注射をしなければいけないんです。そのため、インスリンバッグを常に持ち歩かなければいけないので、デザインにもこだわっているんです。

西村

インスリン補充の必要な患者の方が持ち歩かなければいけないものって本当に多いので、他のバッグで代用することがちょっと難しいんです。だから、インスリンバッグの内部も細かなポケットが多いんですよ。


注射針、血糖値測定機器、血糖値測定チップ、消毒綿、ブドウ糖、廃棄針、血糖値記入メモ、絆創膏、糖尿病IDカードなど、Ⅰ型患者糖尿病患者にの方が必要なものが全て入るようになっている

しんたく

確かに細かく分けられてあって、機能性も高そうですね。

西村

私は普段からワンマイルバッグとして使ってます。中もラミネートで防水加工していますし、カード類やスマホも入れられるので使いやすいんですよ。

しんたく

ラミネート加工には、何か理由があるんですか?

西村

もともと注射器を入れるものなので、血液などを弾くようにラミネートで防水加工をしているんですよ。でも、この仕様のせいで、とても製造が難しくなってしまって。革とラミネート加工を同時にできる業者さんが、全然見つからなかったんです。

中西

注文数の問題もあったよね。一定以上の数からじゃないと、製造を請けてくれない業者さんがやっぱり多くて。でも、私たちも最初は事業として始めたわけではなかったので、試しに少数からつくってみたかったんです。

しんたく

今のインスリンバッグを手がけている職人さんは、どうやって見つけたんですか?

中西

ネットではなかなか見つからなかったので、電話帳で探したんですよ。パッと開いて目についた1人目に電話をかけたら、その方が「面白そうじゃん、やってみようよ」って言ってくださったんです。

しんたく

1人目!? それはすごいですね。

中西

しかも工房の場所も、私たちの住んでいるところと近くて、本当にご縁を感じました。製作中も私たちのアイデアスケッチを見て意見を言ってくれるので、一緒につくっている感じがすごくありました。そこからは、ずっとその方にお願いしています。


血糖値を測定する機器をデコレーションするためのシールも制作。糖尿病の方達から支持されているそう

しんたく

Ndesignさんではバッグ以外の製品も作られていますよね。もしかして、革以外の製品もその職人さんが?

西村

そうですね。経験豊富なベテランの職人さんなのですが、新しいものや、まだ世の中にないものを産みだすのが大好きな方で精力的につくってくださるんですよ。いつも最初だけ、「どうしようかなー」と渋るんですけど(笑)。

中西

私たちともすごく仲が良くて。製作するのが難しいかなという無茶な依頼をしても喧嘩にならないんです。むしろ「もっとこうしたらいいんじゃないの?」って提案をしてくれたりとか。私たちも差し入れで、焼き芋を持って行ったりするんです。


血糖値を測るセンサーの中には、腕に固定するタイプのものも。半袖でも、さりげなくセンサーを隠すことができるサポーターもNdesignでは手がけている。今後は女性用のレース地のものだけではなく、男性用のものも制作したいという

しんたく

では職人さんと相談しながら、徐々に改良を加えていってるんですね。

中西

そうですね。あとは糖尿病の患者の皆さんから色々改善案をいただいて、という形ですね。1日の中で何度も使うものなので、機能性はとても大事だなと。

バッグに関しては強度もですね。皮の財布と同じくらいの強さを意識してつくっています。

西村

どんな時にも、絶対に必要なものなので。明るい色は単に華やかというだけでなく、荷物から取り出しやすく、災害などの緊急時にもすぐに見つかるというメリットもあるんです。

機能性の上に楽しさを加えたい

しんたく

そもそも、お二人がインスリンバッグをつくり始めたきっかけはどういうものだったのでしょうか?

中西

私の母が65歳でⅠ型糖尿病になって、インスリンバッグを持ち始めたんです。でも、真っ黒なバッグで、出すときも隠すように使っていたんですよね。その姿を見て、人前でも堂々と使えるものがあるといいな、とずっと思っていたんです。

西村

私の友人もⅠ型糖尿病なんですけど、同じことを言っていて。彼はすごくオシャレで、「黒以外のインスリンバッグを探しているんだけど、全然見つからない」と嘆いていたんですよ。

中西

糖尿病に対する誤解と偏見から、病気を隠してしまう方も少なくありません。

しんたく

糖尿病だと人に知られたくない、というように?

西村

そうなんです。あとはどうしても専用のものってデザインが限られてしまいますので、選ぶ楽しさもなくて。特に医療系のグッズは機能性を重視するせいか、地味なデザインのものが多いんですよね。だから、もっと選べて、楽しめるものになるといいなあと思ったんです。

特に医療系のグッズは機能性を重視するせいか、地味なデザインのものが多いんですよね。だから、もっと楽しめるものになるといいなあと思ったんです。

中西

当時、私たちは同じ職場で、デザイナーとして働いていたんです。しかも席が隣だったので、もう少しいろんな種類のインスリンバッグがあるといいのにって話をしていたんですよ。それが今の事業につながるきっかけですね。
6年くらい前から始めて、インスリンバッグが完成するまでに2〜3年かかりましたね。その間に、二人とも会社を辞めて独立しました。

しんたく

はじめてつくったバッグはお母様に?

中西

はい。とても喜んでくれたし、今でもずっと使ってくれてるんですよ。

西村

長く使えるものをつくりたいと思っているので、愛着を持って使ってもらえると、やっぱりうれしいですよね。

中西

母も隠すようにして使うことがなくなったし、笑顔が増えたので、よかったなと。荷物を開いた時に、やっぱりかわいいほうが気分も晴れやかになると思うんです。

西村

柄や色も選べるようにしています。いろいろと選べるほうが愛着もわきますし、周りの人から「なにそれ! 私も欲しい」みたいな感じになったらいいですよね。病気の有無に限らず、誰もが使いたくなるバッグを目指しています。

中西

あとはサイズのバリエーションを増やしたいですね。もっとコンパクトなものがあると、持ち運びやすいのと、お子さんでも使いやすくなると思うんですよ。親子でペアルックなんかもいいですし。


内側にはリバティプリントをはじめ、色鮮やかな布地を使用

西村

チェーンの色や長さも、もっと選んだり、調整できるようにしたいです。つくった段階では私たちが好きなデザインなんですけど、買った人たちがカスタマイズしていくことで、その人たちのものになったらもっと楽しいですよね。

しんたく

病気の人も含めたすべての人にとって、身の回りのもので、もっと楽しむということは大事かもしれないですね。

西村

そうなんです。病院の雰囲気にしても、海外だと、病院の壁に絵が描いてあったり、カラフルな内装だったりしますが、日本では白い壁が多いように思うんです。

中西

元気なときならまだいいですけど、入院中は体も辛いし、動ける範囲も狭いので、シンプルな色だと気が滅入ってしまうこともありますよね。

特に小さいお子さんはそれが顕著だと思うので、いずれは子ども用のかわいい入院グッズをつくれたら、と考えています。

二人だから続けられたこと

しんたく

お二人は、もともとものづくりがお好きだったんでしょうか。

西村

欲しいのに、世の中にないものは自分でつくっちゃいますね。ものづくり自体がすごく好き!って感じでもないと思うんですけど。

中西

そうなんです。私たちは欲しいと思ったら、世の中にないものでも絶対に手に入れないと気がすまないんですよ(笑)。

しんたく

なるほど。バッグづくりに関しては、以前に勉強されていたんですか?

西村

デザイナーはしていましたけれど、プロダクトは専門外でした。自分で洋服をつくることもありますが、いざ着ようと思ったら、縫ったはずのところがぱかっと開いてしまったり(笑)。

だから職人さんみたいに、ものをきちんとつくれる人ってすごいなと思います。

しんたく

会社でデザイナーとして働くのと、ご自身で企画してものをつくるのでは違いますか?

中西

全然違いますね。上からの指示ではなく自発的に動くので、モチベーションもやっぱり変わってきます。

西村

だから、インスリンバッグをつくりはじめてから大変なこともあったはずなのに、全然覚えてないんですよ。

中西

二人だから続けられているんだと思います。何かがあったら、その場で話しあって、すっきり忘れて、次に進む。

西村

あとはどんなに仲が良くても、別の人間なので意見も違うじゃないですか。だからお互い、いいところをカバーしあうこともできます。

中西

そう。基本的にどちらかが提案したらまずやってみる。そこでまた話し合うって感じですね。

西村

だから今も楽しいですね。いろんな人に楽しさを提供できたらいいかなと思っています。もっといろんなものをつくってみたいですね。次は家とか?

中西

自社ビルをDIYで、みたいなね(笑)。

「いずれはサンリオなどのメーカーとコラボして、子供たちを笑顔にしたい」と話してくれたお二人。そんな彼女たちの表情からは、病気の人たちを救おうとする悲壮感は微塵も感じられませんでした。

「開いた瞬間にちょっとでも気持ちがハッピーになってくれたらいいな」という彼女たちの想いは、押し付けがましさもなく、とてもささやかななものです。

もしかしたら周りの人たちを本当に幸せにするのは、強い使命感などではなく、こうした軽やかさなのかもしれません。

店データ
  • Ndesign
  • バッグから取り出したり、毎日持ち歩く時。 嬉しくなるような、自慢したくなるような、そして上質な一生モノのインスリンバッグを提案します。
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書いた人 : しんたく

文章を書いたり、映像を作ったりしています。気がつくと青い服ばかり買っているけど、広島東洋カープがすき。

カメラマン : 藤原 慶

21歳からカメラとバックパックを持って日本放浪の旅に出る。
全国各地を周りながら撮った写真を路上で販売し生き延びる生活を続け、沢山の出逢いと経験を積む。
現在は東京に落ち着きカメラマンとして活動中。

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