個性を才能に。「発達障がい」の第一人者に聞く、理想の社会

ここ数年、よく耳にするようになった「発達障がい」という言葉。モデルの栗原類さんやタレントの黒柳徹子さん、SF映画の名作『E.T.』を手がけたスティーブン・スピルバーグ監督などの著名人も、自身が発達障がいであることを公表しています。

でも実際、発達障がいにはどんな特性や原因があるのでしょうか。 そもそも、それはホントに「障がい」なのでしょうか?

そんな疑問を抱いてやってきたのは、東京にある『どんぐり発達クリニック』。院長の宮尾益知(みやお・ますとも)先生は、発達障がいに関する数々の著書を執筆し、年間700人以上の患者の治療に当たっている発達障がいの第一人者です。

宮尾先生の口から語られたのは

「発達障がいは昔からあったけれど、問題とされなかった」
「根本的な原因は、子育てや環境ではない」
「世界中どこでも発症率は変わらない」

など、驚きの事実でした。発達障がいに関して“なんとなく”知っている人にこそ届けたい、「発達障がいのホントのところ」を紹介します。

プロフィール
宮尾益知
どんぐり発達クリニック院長。徳島大学医学部卒業後、東京大学医学部小児科、東京女子医科大学小児科、ハーバード大学神経科研究員、自治医科大学小児科助教授、国立小児病院神経科、国立成育医療研究センターを経て、現職。専門は発達行動小児科学、小児精神神経学、神経生理学。著書に「発達障がいの基礎知識」など多数
「どんぐり発達クリニック」http://www.donguri-clinic.com/index.html

発達障がいの原因は、子育てや環境ではない

新貝

昨今「発達障がい」と検索すると、さまざまな診断名や雇用義務のニュースなどが上がってきます。「発達障がい」とは、どのようなものなのでしょうか?

宮尾

まず、発達障がいは、3つのグループに分けられるとされています。


栗原類さんはADHD、黒柳徹子さんやスピルバーグさんはLDであることを公表。Apple社の創始者スティーブ・ジョブズの強いこだわりは、ASDによるものと言われている

宮尾

そのうち、「ADHD(注意欠如・多動性障がい)」と「ASD(自閉症スペクトラム障がい)」は、次のように例えられます。「ADHD」=いろんなことに興味があって、面白いと思い立ったらすぐやる人
「ASD」=こだわりが強くて、じっくり没頭する人
私たちの中にも、「思い立ったらすぐ行動する人」と「じっくりこだわる人」っているじゃないですか。発達障がいのある人は、そのどちらか一方が極端に秀でている人なんです。「LD(学習障がい)」は、知的な遅れはありませんが、文字を認識する脳の機能に何らかの障がいがあり、文字を音に変換できなかったり、文字が滲んで見えて認知できなかったりします。そのため、文章や数式の読解に遅れが生じることがあります。LDの人たちは特性によって、読解障がい(ディスレクシア)、数学障がい(ディスカルキュリア)、書き取り障がい(ディスグラフィア)などに分類されています。

新貝

これらの特性は、どのように診断するのですか?

宮尾

大人になってからわかる人もいますが、おおよそ3歳から5歳くらいにかけて、認知や行動に特性があらわれます。その特性を元に、国際的な診断基準に基づいて診断します。

新貝

発達障がいの原因は、幼い頃の成長過程や生育環境によるものなのでしょうか?

宮尾

違います。まず知っておいてもらいたいのは、発達障がいの原因は、環境でも、子育てのやり方でもないということ。あくまで「脳機能の偏り(ディスファンクション)」なんです。

新貝

「脳機能の偏り(ディスファンクション)」?詳しく教えてください。

宮尾

人の脳は、成長にともない神経細胞が分裂していきます。その過程で、うまく分裂できずに発達したり、何かしらの作用が働いたりすることで、認知機能に偏りが生じます。これが「発達障がい」の原因とされています。だから発達障がいは、「disability(障がい)」ではなく、精神疾患でもなく、実は「disfunction(脳機能の偏り)」なのです。

新貝

遺伝的な要因はあるのでしょうか?

宮尾

そうした意見もありますが、断言はできません。ただ、少なくとも言えるのは、親の考え方や行動パターンは、子どもの思考や行動に影響を与えることがあっても、発達障がいの根本的な原因にはならないということです。

新貝

発達障がいの根本的な原因は、そもそも「人の脳機能に、得意と不得意の偏りがある」からとおっしゃってましたね。ちなみに発達障がいは、昨今注目されるようになったものなのでしょうか?

宮尾

いや、発達障がいをもつ人は、昔からいます。エジソンやルイス・キャロル、ウォルト・ディズニーなど、天才と呼ばれる人たちが、実は発達障がいだったと言われているくらいですから。ただ、昔は大した問題にはならなかっただけ。

新貝

それはなぜですか?

宮尾

社会が穏やかだったからですよ。宅配便が遅れたって何かを間違えたって、今の時代のように文句を言われることは少なかったし、まわりの人がもっと寛容だったでしょう。だけど現代は、身近な大人が子どもの世話をしたり、社会性を教えたりする機会は、昔ほど多くないと思うんです。家族構成や地域との関わりなどが変わってきたので。

新貝

確かに昔は、近所のお兄ちゃんやおじさんが面倒をみてくれる、みたいな信頼関係があったと言われますよね。

宮尾

そうです。「俺も昔はこんな風に教えられたけど、ちゃんとできるようになったんだ」みたいな教えを、地域コミュニティが担ってたわけですよ。今でこそ「ソーシャルスキル・トレーニング」みたいなことは、雇用主や企業側の努力が求められるようになってきましたが、かつては周りの大人たちが自然と教えていたわけです。


平成30年4月から障がい者の法定雇用率が引き上げとなったことで、障がいをもつ人々の社会参画のさらなる推進が、45.5人以上の従業員を雇用する民間企業や自治体、行政機関などに問われるようになってきた

新貝

なるほど。そうした社会性を教えてくれる地域や組織、企業などのコミュニティの有無によって、発達障がいの発症率に差が出てくるのでしょうか?

宮尾

いや、そうした生育環境による発症率の差はありません。なぜなら、発症率は世界中どこでも変わらないからです。

新貝

身近な大人の思考や行動パターンなどが、子どもの判断に影響を与えることはあっても、発達障がいの根本的な原因は、生育環境ではないのですね。

宮尾

そうです。ただし、発達障がいをもつ人が増えたとは言い切れませんが、発達障がいを「悪化させる環境」が増えたとは言えるかもしれません。なぜなら今の世の中は、言葉で理解しなければいけないことが多いですよね。そうすると、発達障がいのある人たちにとっては、見聞きしたものを理解して記憶したり、過去の経験に照らして計画的な行動をしたりすることが求められるので、苦労することも多いんです。

新貝

なるほど。発達障がいをもつ人へのサポートが問われるようになった今、まずは私たちが発達障がいのことを少しでも知ろうとすることが必要ですね。

発達障がいって、ホントに「障がい」?

新貝

お話を伺っていると、「発達障がい」を「障がい」と呼ぶことに違和感を覚えてきたのですが……。

宮尾

「発達障がい」という言葉はあくまで、国による公的なサポートを受けるために付けられる、とも言えます。だけど、日本人の場合、診断名がつくことに過敏になりすぎているように思います。というのも、欧米に比べて、日本の場合は「他の人と違くてもいい」という考え方があまりないですよね。でも、本当に大切なのは、違いにばかり注目するのではなく、その子がそういう行動をとっているのはなぜか、きちんと観ることです。例えば、落ち着きのない子どもがいたら、欧米では「この子は頑張ってここにいる。もし、じっとしていることに我慢ができなくなったら、外で身体を動かしてから戻って来ればいい」と考えます。一方で日本では、「みんなと同じようにじっとしていられないのはおかしい。もっと我慢しなさい」と考えられる傾向にありますよね。そうした認識の違いがあるから、「障がい」という言葉にも、過敏になりすぎているのではないでしょうか。

新貝

「他の人と違う」ということに否定的になるのではなく、子ども一人ひとりの特性を、個性と捉えて、きちんと観ることが大切ですね。

宮尾

その通りです。発達障がいのある人は、一見びっくりするような行動をとることがありますが、そこにはきちんと理由があります。だから、それぞれの特性を理解することが大切です。例えば、人は行動を計画する時に、「過去の経験」と「目の前の出来事」から判断しています。だけど、「ADHD」の特性がある人には、その二つを頭の中に保っておくだけのスペースが小さいと言われています。だから、毎日同じパターンで行動するようにしたり、過去の経験に理屈をつけたりすれば、目の前の出来事だけに意識を取られずに行動できるようになっていきます。一方、「ASD(自閉症スペクトラム障がい)」の人は、ある部分に強いこだわりをもち、概念化することが困難です。コンビニSもコンビニFも、同じ「コンビニ」としてひと括りにできない彼らは、コンビニSとコンビニFの部分的な違いに意識がいきます。「コンビニSにはコーヒースタンドがあるけど、コンビニFにないのはなぜ?」と気になってしまうわけです。

新貝

柔軟に物事を捉えたり、応用したりするのが難しいんですね?

宮尾

そういうことです。だから、引っ越しを例にすると、たとえそれが日本国内だったとしても、環境の変化一つひとつに適応できなくて、アフリカのジャングルの中に放り込まれたような気分なってしまうこともあります。

新貝

それはかなりの驚きですよね。僕だったら、わけがわからなくなって走り出してしまいそうです。

宮尾

だから、ASDの人には、予定の変更をあらかじめきちんと説明したり、理由を明らかにして納得させるなどのサポートが必要なんです。

家族のかたち、社会のサポート

新貝

発達障がいをもつ人に対しては、学校や家庭での教育的サポートが重要になってくると思います。当事者の方にとって、より良い教育的支援や環境とは、いったいどのようなものなのでしょうか?

宮尾

発達障がいがあるとわかるのは、就学する前の3歳から4歳の時です。だから、まずは「親が子どもに対して、どう接するか?」がとても重要なんです。

新貝

その年齢のときは、親子の接する時間が長いですよね。ということは、教育的支援よりも、まずは家庭のなかで、親が安心して子どもを育てられる環境づくりが大切?

宮尾

そうですね。根本的に大切なのは、社会のサポートを受けながら、親がきちんと子どもの面倒を見ることです。なぜなら、発達障がいの傾向があるかどうかや、子どもの発達レベルをよく知った上で、親が子どもにいろんなことを教えてあげたら、それだけでいいわけですから。「人と接するのはこんなに楽しいんだよ」とか「社会の中で、こういうことはしてもいいけど、これはよくない」ということを、親が子どもの世界に入って一緒に時間を過ごしながら、教えていくことが重要なんです。

新貝

なるほど。「子どもの発達レベルをきちんと知ること」が、私たちには必要なんですね。

宮尾

それから、家族には父親と母親の役割があります。お母さんが元気に子どもに接するためには、お父さんがサポートする。お父さんが大変な時には、お母さんが支える。どちらか一方の役目を果たす人がいない場合は、周りの大人がサポートする。そうやって、社会全体で子どもを育てていければいいですよね。

新貝

子どもの良さを引き出す、多様な大人の存在が必要ですね。

宮尾

どんな子も、「ここが悪いから直せ!」と言われるばかりでは、反発してしまいますよね。大切なのは、をゃんと良い部分を観てくれて、「ここは直した方がいいけど、ここはすごいね!」と言ってくれる大人がそばにいることなんです。

新貝

そうした教育的信頼関係を、かつては地域コミュニティが担っていたというわけですね。

宮尾

発達障がいに限らず、社会で生きづらさを感じている人たちは、不登校になったり、仕事がうまくいかなくて鬱になることも多い。そうなる前に「君の苦手なところは直して、いいところは伸ばしていけばいいよ」と育ててくれる人が必要で、そういう人間関係を社会の中で築けるようにすることが大切です。

新貝

先生は、BAMPで取材した「翔和学園」の顧問を務めていらっしゃると聞きました。社会に生きづらさを感じてきた若者の成長を観てきて、どんな教育的支援が必要だと感じていますか?


発達障がいという言葉がなかった十数年前から、不登校や引きこもりなどさまざまな問題を抱えている若者たちを見てきた「翔和学園」。学園長の伊藤弘晃さんは、一人ひとりの才能を伸ばすことで「自尊心を養い、仲間と青春を謳歌し、生きていく気力を育む」ことを教育方針としてきた。
「翔和学園」伊藤弘晃学園長の記事:「未来なら変えられる」不登校の若者たちを社会に送る熱血教師

宮尾

「翔和学園」は、環境を整えるのではなく、子ども一人ひとりの特性を徹底的に観て、社会の中で生きていく力を身につけるための教育的支援をしています。私は「翔和学園」の伊藤学園長と一緒に、発達障がいをもつ若者をたくさん観てきましたが、彼らは自分の特性を理解したら、社会の中で友人や先輩関係を築いて、きちんと成長していけるようになっていきました。やはり、子ども一人ひとりの特性を、大人がきちんと観ることが必要なんだと思いました。

新貝

伊藤学園長のお話で「社会に出て働いて、挫折しそうになった時に、語り合ったり、支え合ったりできる人間関係をつくることが大切」という言葉が印象的でした。発達障がいや不登校、引きこもりなどで悩む若者たちに限らず、私たちだって挫折しそうになった時に、友人や先輩のおかげで救われた経験はありますよね。

宮尾

そうですよね。発達障がいのある人は、「他の人とちょっと違うから……」と、学校や職場にうまく馴染めないこともあるんですよ。それは、まだまだ発達障がいに対して周りの理解が乏しいことも原因だと思います。教育する側にも、親にも社会にも、彼らの特性をきちんと観る余裕があればいいのですが。

新貝

まずは、社会全体が発達障がいの理解を深めることが大切ですね。

宮尾先生の話には、「そもそも、その子のために何ができる?」という問いをもち、一人ひとりの個性に寄り添い、実直に向き合ってきた熱意がありました。

マニュアルのない教育や子育て。だからこそ、難しく、時間がかかるもの。しかし、親や教育に関わる人が一人で抱え込むのではなく、周りの大人と手を取り合って、子どもを観ることができたら、多様な子どもの個性が実っていくのかもしれません。

そんな一歩として、まずは発達障がいについて知ろうとすること。その上で、「左利きの人を右利きに躾けていた時代」から「左利きも個性と呼ぶようになった現代」のように、発達障がいが、ひとつの個性として輝く未来を、僕は夢見ています。

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書いた人 : 新貝隆史

2011年大学3年の冬から、長野市「旧シンカイ金物店」に暮らしはじめる。生活拠点としながら、蚤の市や演奏会、食事会などを企画。大学卒業後、中学校教諭を経験し、渡米。帰国後はアパレル販売員を経て、フリーライターとして独立。拠点は長野と東京。2018年5月からスタートした「やってこ!シンカイ」のSTORYBOOKを制作中。Huuuu所属。general.PR代表。

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