「善意をたくさんもらった」パリの日本酒バー計画、目標達成率7%の舞台裏

クラウドファンディングでの”温度のある”お金のやりとり

フランス・パリでお好み焼き屋「OKOMUSU」を経営している田淵寛子(タブチ・ヒロコ)さん。2店舗目として日本酒バーを出店するための資金を集めるために、今年6月までクラウドファンディングを実施した。

目標金額10,000,000円に対し、支援総額は745,500円。目標金額には届かず、残念な結果に終わってしまったように見えたが、田淵さんは「たくさんの善意をいただいた」と柔らかい表情を見せる。
クラウドファンディングのウラ側には、プロジェクトの成否では語りきれない心温まるエピソードがあったというのだ。

田淵さんに、クラウドファンディングの表舞台には出てこなかった善意のストーリーを聞いてみると、フランスで起業することの難しさ、フランスの日本酒事情まで話が及んだ。

「パリで日本酒をもっと広めたい!酒とおばんざいのお店『sake lover』開店」
  • 支援総額/目標
    745,500円/10,000,000円(目標の7%・88人が支援)
  • 内容
    フランス・パリで、日本酒バー「sakelover」を立ち上げるための資金集め

「クラウドファンディングは“善意のファンディング”だと思った」

残念ながら目標額に届かずに終わってしまったクラウドファンディング。しかし、田淵さんは2店舗目の開店準備を進めており、先日はテナントの仮契約を済ませてきたという。今回のクラウドファンディングを、彼女はどのようにとらえているのだろうか。率直な感想を聞いてみた。

佐々木

クラウドファンディングの結果は残念でしたが、今もお店作りを進められているということは、資金集めは順調なんですね。

田淵

そうですね。全部で3,000万円くらい必要なところ、1,200万円くらいは株主からの投資と自己資金がありました。残りは銀行融資とクラウドファンディングで担保しようと思っていたのですが、銀行のほうが意外とすんなり通りそうな感触なので、お店は無事にオープンさせられそうです。

佐々木

それはよかったです! クラウドファンディングをやってみた感想を伺ってみてもいいですか?

田淵

思っていたよりも、意外と信頼していただけてるんだなと感じました。ありがたい限りです。

佐々木

と、言いますと?

田淵

実はクラウドファンディングを打ち出したときに、プロジェクトページを見た方々から、数万円から数百万円単位の直接投資のお話をたくさんいただいて。「多店舗展開のためには企業による投資の可能性も考えたほうがいいし、協力する」と言ってくださった方もいました。

佐々木

すごい! では、そうした方のサポートを受けながらお店作りを?

田淵

いえ、フランス外への海外展開をするまでは株主を増やさないという大前提のもとで進めていたので、直接投資のお話はお断りしてしまいました。

佐々木

株主を増やすと何か大変なことがあるんですか?

田淵

フランスは社会保障制度や法律がしっかりしている紙社会なので、書類の手続きがとにかく煩雑なんです。株主を1人増やすたびに書類が約30ページずつ増えて、今いる株主の方だけでも、既に180ページ。そして、全ページの端にイニシャルを記入しなくてはいけません。今いる株主の方たち+新規の株主がもし増えたら、サインは何枚に及ぶんでしょう……。それから、いくら信頼している方であっても、少なからずご意向に沿う必要が出てくるじゃないですか。フランス国内の店舗があるうちは、自分たちでコントロールできる範囲でやっていこうと。

佐々木

なるほど。しかし、それほど大きな直接投資のお話がたくさん来るなんて驚きですね。

田淵

そうなんです。それ以外にも、日本やフランスの友達から現金を直接送っていただくこともあって。「支援したいのに、フランスやベルギーのクレジットカードが使えなかったからどうにかしてくれ!」っていう“苦情”もたくさん来ました(笑)。

佐々木

ありがたい苦情ですね(笑)。

田淵

本当に。元々IT関係の仕事をしていたこともあって、クラウドファンディングを始めるときの想定としては、知人からの支援がほとんどだと思っていたんですよ。そうしたら全然知らない方から「日本酒が好きだから頑張ってほしい」とご支援いただいたりして。クラウドファンディングって、お金だけじゃなくて“善意”も集めているんだなぁと、あたたかい気持ちでいっぱいになりました。

営業権に会計士選び フランスで会社を設立する難しさ

佐々木

お店づくりは今、どの段階ですか?

田淵

仮契約が済んで、内装業者を決めているところですね。あとは、会社を新しく立ち上げるので、その手続きをしています。店舗を買うときに会社が必要なので。

佐々木

あれ?「OKOMUSU」を運営している会社を登記するのはダメなんですか?

田淵

できなくもないのですが、リスクになってしまうんです。フランスには営業権というものがあって、購入する店舗を運営する企業が持っているノウハウや立地、営業の実績など、要するに“のれん”を買うのにお金がかかるわけです。1社で2つの店舗を購入してしまった場合、売り上げや原価も混ざってしまうので、いつか店舗の営業権を売るときに純粋な価値がわからなくなってしまうというか。会社を分けていれば、1つのお店の経営が傾いてしまっても、もう1つのお店が引っ張られることはないですよね。リスクヘッジの意味で会社を新しく立てるんです。


3年前に開店した1号店「OKOMUSU」の店内の様子

佐々木

なるほど……安直な感想ですけど、フランスで起業するって大変そうですよね。

田淵

うーん、どうかな。言葉の壁はありますけど、書類上の手続きは会計士さんがやってくれるので、その点では日本よりラクかもしれません。フランスは社会保障制度がしっかりしている分、事業計画書から給与明細に至るまでの書類を会計士さんに依頼する決まりになっているんです。

佐々木

徹底されていますね。

田淵

そう。その分、良い会計士選びがカギになります。最初は、「OKOMUSU」の前に入っていたお店の人が契約していた会計士に依頼していたんですが、顧問料を勝手に上げられたり、給与明細の手続きをしてくれなくて長いときで3週間も待たされたりと、まぁひどかったですね。手続きを進めてくれないと、スタッフの子たちにお給料が払えないので大変でしたよ(笑)。

佐々木

日本だと考えにくい事態ですね。言葉の壁で苦労されたことはなかったんですか?

田淵

4年前の契約のときはフランス語が全くわからない状態だったので、多分苦労したんだと思うんですけど、必死だったのであまり覚えていなくて。実際、今回の仮契約に行ったときに書類を改めて見たら、やっぱり難しいんですよ。呆れ半分、感心半分で「あの時の私、頑張ったなぁ」って(笑)。

フランスにおける「日本のお酒人気の高まり」、カジュアルな日本酒バーをつくろうと思った理由

佐々木

今開店準備をされているお店は、日本酒バーですよね。CAMPFIREのプロジェクトページの中にも「日本酒の波が来ています!」と書かれていましたが、具体的にはどのような場面で日本酒人気を感じたんですか?

田淵

OKOMUSUのお客さんとのやりとりの中でそう思うようになっていましたね。最近は日本酒だけじゃなく、梅酒だったり、チューハイだったり、緑茶ハイ、ゆずハイなんかもすごく人気で。日本酒も冬場になると「熱燗で」とオーダーしてくる人もいますし、夏でも「熱燗で飲みたい」と言ってくるツウな方もいるんですよ。アルコール度数の高いお酒を食後酒に飲む方がいらっしゃると思うんですけど、最近は食後酒の代わりに焼酎を飲む方もいて面白いなと思って。


お好み焼きと一緒に熱燗をオーダーするツウな人も

佐々木

同じお酒でも国によって飲み方が違うのはユニークですね。

田淵

そう。それから、国全体でも人気が高まってきていて、この間は「kuramaster」というフランス人による日本酒の品評会もありました。ただ、フランスでは日本酒は高級酒として扱われていて、カジュアルなお店がほとんどないんです。

佐々木

やるなら今だ、と。

田淵

そう。しかも、フランスは不景気なので、安く気軽に飲める店自体は流行っているんですよ。実際、Odeonにある「L’Avant comptoir」という立ち飲みバーは、おつまみもワインも4~5€で注文できるということもあって連日大繁盛で。そんな風に日本のお酒が飲めて、「どういうのが好き?これがおいしいよ」って勧めてあげられる、新宿のゴールデン街みたいな日本酒バーをつくりたいって思ったんです。

佐々木

いいなぁ、行きたい! オープンはいつ頃になりそうですか?

田淵

秋口、10~11月くらいかな。年内にはオープンできると思います。イメージがつくと思いますけど、フランスでは何が起きるかわからないので(笑)。こちらはできることを着々と進めるのみですね。

区切り線

パリに単身で渡り、お好み焼き屋さんを開店。オープン直後よりミシュランに続く歴史あるガイドブックをはじめとした数々の現地メディアでも取り上げられ、それから4年経った現在は新しい店づくりを着々と進めている田淵さん。ドラマチックなエピソードはもちろん、敏腕でありながら親しみやすいキャラクターに魅了され、私はすっかり彼女のファンになってしまった。

今回のクラウドファンディングが善意のファンディングになったことも、彼女やプロジェクトの魅力を物語る。とは言え、人と人との接点をつくり、そこから生まれる温かい気持ちのカケラを集めて”見える化”させたのは、クラウドファンディングならではの功績だ。

通常のビジネスでは生まれることのない、”温度のある”お金のやりとり。

クラウドファンディングは単なる出資を超えた善意のギフトであることを、田淵さんから教えてもらった。

プロフィール
田淵寛子(たぶち・ひろこ)
1981年4月15日大阪市生まれ。血液型A型。私立四天王寺中学校高校卒業後、青山学院大学経営学部に入学。学生時代は芸能事務所に所属しタレント活動をする傍ら、人材コンサルティング会社及びPC販売会社を設立し学生起業家としても活躍し、その後婚約をきっかけにIT 企業に入社。しかし、29歳の時、スピード離婚を機に独立起業を計画。ほぼフランス語が喋れない状態から、2012年渡仏しフランスで起業、パリでお好み焼き屋「OKOMUSU」を設立。設立までの経緯は日本テレビ系「一億人の大質問!?笑ってコラえて!」の密着取材を3ヶ月にわたり受け、特集が放映される。

和食提供の過程で、日本酒の魅力と可能性にとりつかれ、 パリで日本酒を広めるため、
日本酒ナビゲーターを取得。2店目の業態として「日本酒とおばんざいの店 『sake lover』」の開設準備中。

書いた人 : 佐々木ののか

フリーランス書く人。
最近はインタビュー・対談構成をメインに、展示や動画制作のディレクションを行うなど活動の守備範囲が広め。
専門分野は「家族と性愛」

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