白衣で家具をつくる「ライトな世捨て人」のコミュニケーション哲学

「動物でも人間でもなく、その間の住人になりたいんです」

そう語るのは、森の中の家具工房「森のキツネ」を営む、河野文孝(かわの・やすゆき)さん。北海道下川町で、町内原産の木材をメインに使ったオーダーメイドの家具をつくっている。

河野さんは2018年10月から、今ある工房とは別に新しい場づくりを行うため、CAMPFIREでクラウドファンディングを始めた。下川町にある元診療所の建物をリノベーションすることでつくられるその場所の名は「家具乃診療所(かぐのしんりょうじょ)」

彼の仕事のユニークさは、お客さん一人ひとりにマッチした素材=木を選ぶところから家具づくりが始まるということ。樹種や大きさ、木目のつき方まで、相手の雰囲気やパーソナリティに合わせて“カルテ”をつくりながら決めていく。まさに、家具を“診療”しているのだ。

そこには当然、人と人とのコミュニケーションを大切にする凛とした志が……と思いきや、河野さんは「言葉はあまり好きじゃない、動物が好き」と話す。一体、背景にはどのようなコミュニケーションに対する考え方があるのだろうか。

今回はそんな“ライトな世捨て人”が語る、生き方、自然と人間、そして他者との関わり合いについてのヒントを紹介していきたい。

プロフィール
河野文孝
木工作家。中央工学校建築工学科を卒業後、一般企業へ就職。営業職を経験する中でものづくりへの信念が強まり、木工塾、北海道立北見高等技術専門学院にて家具製造の技法を学ぶ。製造会社、工房等を経て2013年に独立し、「森のキツネ」を設立。現在、顧客個人のパーソナリティに合わせた家具を提供する「家具乃診療所」設立に向けて、CAMPFIREにてクラウドファンディングに挑戦中。

自然に対しては“諦め”がつく

白衣を着ているのは、森の中に“診療所”をつくるからですか?

そうですね。正直、普段、家具をつくるときに着ているわけじゃないんですけど(笑)。森乃診療所ができたら、家具の診療の際には白衣を着ようと思っています。

今は森の中に工房があるんですよね。そもそも、なぜ森の中で家具づくりを行おうと思ったんでしょうか。

30歳手前くらいの時期に「自分で山を持ちたい」と思ったのが最初でした。

木って、山の斜面によって性質が変わるんです。だから自分で選んだ木を切って、それを使って家具をつくりたいなと思うようになりました。

実際、北海道に来てやってみようと思ったら、自分の心境に大きな変化があって……。

と、言いますと?

関東にいた頃と、自然や木に対する感じ方がものすごく変わったんです。今まで遠かった自然が、いきなり近くなったから。

最初に北海道に来たときは、北見市の職業訓練学校に入って家具をつくっていました。そこには原生林の湖があって、カヌーを浮かべて遊んだりしていて。都会に暮らしていたときには考えられない、別世界が広がっていたんです。


河野さんのつくる家具は脚を取り外すことができる

自然の中にいる方が性に合っていたんですね。

そうだと思います。そのことに気づいた一番のきっかけは、真夜中に森でキャンプをしたこと。すごく、怖かったんですよね。

森の中には、野生動物が当たり前にいるわけじゃないですか。中には熊もいるわけで。北海道にはそういう、身の危険を感じる環境が普通にあるんです。

でも僕にはそれが心地よかった。“クリア”だな、って思ったんです。

クリア、ですか。

抽象的な話ではありますが、簡単にいうと、“生温かくない感じ”ですね。自然を相手にすると、自分の意思ではどうにもならないことが多いですから。

自然の中で暮らすことは、彼ら(動物たち)のエリアにお邪魔させていただくってことじゃないですか。そして彼らは、人間である僕の思い通りにはならないわけです。

もちろん都会にも、思い通りにならないことはたくさんあります。でもそれって全部、「ヒト対ヒト」の中にあることで。言葉の通じる相手だと、どうしても「なんとかできる」と思ってしまう。それは僕にとって“濁り”なんです。

それに比べて、言葉の通じない動物や自然に対しては、素直に諦めがつく。「お邪魔させてもらおう」という気持ちになれる。そのことに、居心地のよさを感じます。

自然を大切にしたい、という気持ちですかね。

もちろんそれもあるんですけど、田舎の人ほど自然に優しくないと言われることもあって。僕はそれは「自然だな」と思うんです。

都会にいると「自然を守らなきゃ」って思います。

そうそう。でも、ずっと北海道に住んでいる人たちがそう言うかというと、言わないんですよ。その人たちはずっと自然の中で生きていて当たり前にあるものだから。それこそ、自然なことだと思います。

同じように、動物たちにとっても自然は当たり前です。たまたまそこにいただけなんですけど、マイナス30度の世界でもふつうに生きていける。動物を僕と同じ自営業として考えたら、ものすごくハードな環境ですよね。でも彼らは、誰にもエサも給料ももらっていないのに、この環境で生きているんです。

“ライトな世捨て人”としての生き方


クラウドファンディングのリターンにもなっている箸置き

もしかして、河野さんはあまり人が好きではない、ということでしょうか?

というより、言葉があまり好きじゃないんです。

言葉って、相手がどう感じるかによって変わるじゃないですか。だから言葉を使うと、僕の伝えたことが僕から離れて、相手のものになってしまう。そのせいで、どれだけ表現に気をつかっても、誤解を受けてしまう。これまでそういうことが、たくさんあったんです。

でも動物相手なら、言葉はいりません。最近よく出会うキツネが、僕の匂いを覚えてくれて、近寄ってきてくれるんです。

子どもに「ここは国道だから危ないよ」と言葉を伝えると、命令というか、牽制になってしまうことがある。でもキツネに「危ないよ!」と言うと、言葉の意味はわかっていなくても、飛び跳ねてシンプルに喜びを表現してくれるんです。

言葉を使わずにキツネと会話しているんですか?

会話できているかはわからないけど、僕は、同じ空間で楽しさを共有している状態が好きなんだと思います。相手と同じ場所に自分がいても、相手が嫌がっていない、むしろ好きでいてくれるんだなってことが、ダイレクトにわかる。そういう距離感が僕にとっては大事で、僕の家具もそんな風にあれたらうれしいです。


河野さんは家具だけではなく、お皿等も手がける。このお皿は余計な場所をとらない設計に

動物は、もともとお好きだったんですか?

昔からキツネが好きで。東京でのサラリーマン時代、夜中に稲荷神社を回るのが趣味だったんです。

僕の中での“ベスト稲荷”は西東京市にある東伏見稲荷。京都の伏見稲荷の分社なんですけど、夜中の二時くらいに懐中電灯を持って見に行くと、何万体というキツネ像がブワーッと、白く浮かび上がるんです。めちゃめちゃ怖かったですけど、クセになるんですよね。

あと、猫の集会にも参加したり(笑)。

猫の集会! やはり現在の「森のキツネ」という屋号も、キツネ好きが由来ですか?

キツネって農家さんの車庫とか、比較的、人里に近いところに住み着くんです。言い換えれば、人間と自然界の間に住んでいるんですよ。

僕の理想は、動物でも人間でもなく、その間の住人になりたい。そうすればどちらとも、友だちになれるのかなと思っています。

そういう意味で、下川町はとてもいい環境だと思っています。動物の友だちがいっぱいいるし、人間の友だちとも話したくなったら会いにいける距離にある。それでいて、自分のパーソナルな時間を確保できる。そんな“ライトな世捨て人”でいられるから、ここは居心地がいいんです。

自分にしか、できない仕事

家具を診療するというアイデアには、どうやって行き着いたんでしょうか。

下川町に来る前から、オーダーメイドで椅子をつくろうとは考えていました。でも、どうせなら他の人がやらないような、おもしろい形でやっていきたくて。そこで頭の中に浮かんだのが、“カルテ”という言葉でした。

カルテの発想が最初だったんですね。

家具をオーダーメイドするとき、通常は材木を選べるとかサイズをカスタムできるという感じですが、その人の好みや性格、ライフスタイルに関する情報を書いてカルテにして手渡してあげたらおもしろいだろうなと考えました。

具体的には、どうやって“診療”するんでしょうか。

お客さんを相手に、樹種や木目に関する話をするんです。「この木目は素直だからこういう環境で育った」とか「これは癖があるからこういう環境で育った」みたいな。

つまり、木に関する性格の話をしていくわけですね。すると、お客さんが「じゃあ、私と似たような性格の木はありますか?」って聞いてくれます。それに対して僕は正直に、合うものをオススメしていくんです。素直な人には素直な木を、癖のある人には癖のあるものを(笑)。

「これは癖のある木で」と伝えたら、怒られませんか?

もちろん、怒られないような雰囲気で(笑)。癖があっても、その中にキラキラ光る部分があるんです、という話をしますね。

お好きでないという、「言葉」をすごく使う仕事に思えますが……。

矛盾するようですけど、人と話すのは好きなんです。ただ、自分から話すと伝わらないことが多いので、お客さんに話してもらって、そこから空想するのが楽しい。

家具をつくる際も、「お客さんが何を言っていたのか」というのは断片的にしか覚えていません。むしろ話していたときの雰囲気をきっかけとして、頭の中に文字が浮かんでくる。それをもとに、お客さんが求めている家具をつくるための、ストーリーを膨らませるんです。

それは、どういったプロセスなんでしょうか。

頭の中に、お父さん、お母さん、子ども、というようにキーパーソンが浮かぶんです。その人たちを今度は頭の中で生活させるんですよ。すると、その生活空間でどんな家具がいいのかっていうアイデアが出てくるんです。

あまり物を持たない家族だったら「スツールはシンプルなデザインのほうがいいかな」「娘が大学に受かって上京するときのために、折りたたみのほうがいいかな」とか。部屋が8畳くらいだとして、「邪魔にならないサイズはこれくらいかな」とか。

世の中の流れ、みんなが求めているもの、空想。いろいろ出てきます。


脚を取り外したテーブルの天板。六角レンチはいつでも使えるように、天板の裏に収納しておける

河野さんにしか出来ない仕事ですね。

小規模だからこそ、個々人のニーズを汲み取っていきたいんです。そのために「家具乃診療所」をつくろうと思いました。

大きいメーカーでは、今後どんどん機械化が進んで、安価でいい物がたくさんつくれるようになります。そのこと自体は否定しません。安定していい物が買えるって、いいことですからね。

僕のやっていることは非効率だし、値段も安くはないです。通常サイズのダイニングテーブルで25〜30万円くらい。しかも、安定した生産ができるとは限らないやり方です。

それでも、僕は自分にしかできないやり方で家具をつくりたい。非効率でも、一人ひとりに合わせて診療してあげたいんです。

僕が「いい仕事したな」「幸せだな」って思えるのは、相手の求めているもの、相手の中身に触れることができたときなんです。

それは真の意味での“コミュニケーション”だと思います。ありがとうございました。

区切り線

私たちは、言葉に頼り過ぎてしまう。

「もっと伝わる言い方をしなきゃ」と考えることは、コミュニケーションに対して丁寧に気を配っているように思える。

けれど実際は、「伝えたい」という自身の前提に、縛られすぎてしまっている側面もあるかもしれない。

伝える工夫は大切だ。でも「丁寧に言えば伝わるはずだ」と言葉の表面的な意味だけにとらわれてしまうと、相手を尊重することから遠ざかってしまう場合もある。言葉だけではなく、自分に合うやり方を探求することも忘れないでいたい。

「相手の中身に触れられたとき、幸せを感じる」

そんな“ライトな世捨て人”である河野さんの想いは、言葉やエビデンス(証拠・根拠)にとらわれがちな現代において、大切なことを示してくれていた。

暮らしの変化に合わせて家具を“治療”する「家具乃診療所」を北海道下川町に作ります
  • 内容
    使う人のクセや暮らしの日々が刻まれる、家具。けれど引っ越しや結婚などライフスタイルの変化に合わせて渋々手放さなければならないことも。そこで、日々を共にした家具を使い続けられるよう、暮らしの様子をヒアリングして「家具のカルテ」を作り“治療”する工房「家具乃診療所」を北海道下川町につくります。

☆クラウドファンディングは11/30まで実施中。支援はこちらから!

「森のキツネ」公式サイト http://morino-kitune.com/

執筆協力/たくよ
撮影/小松崎拓郎

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書いた人 : くいしん

インタビュアー、編集者、ライター。Gyoppy!(ギョッピー)編集長。灯台もと暮らし編集部。1985年、神奈川県小田原市生まれ。レコードショップ店員、音楽雑誌編集、webディレクターを経て、今。グビ会主宰。

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