電子基板×雑貨で拓けた新しい道。下町企業のサバイバル物語

「デザイン」とは一見かけ離れたモノに、美しさを感じてやまないことがある。

たとえば街に張り巡らされた電線に、無機質な線で成り立つ物件の間取り図に。あるいは画一的な四角が並ぶアパートのベランダに。

機能性や効率性に特化してつくられ、見て楽しむための芸術品ではない。にも関わらず、無機的なたたずまいに何故か魅せられる。

直線的な金属線とダイオードなどが配されたパスケース。改札を通るタイミングで部品がキラリと光る。

これは雑貨ブランド「moeco(モエコ)」の商品で、電子機器のなかに埋め込まれている基板をモチーフにしたパスケースだ。「moeco」は代官山蔦屋書店をはじめ、国立新美術館や東京都美術館のミュージアムショップで人気を集めている。

現在ではコラボ商品も多数。「広島T-SITE」と「広島エディオン蔦屋家電」からの共同オファーで制作したパスケースは、広島カープ色を前面に出した愛らしいデザイン。広島駅からマツダスタジアムまでの道、通称「カープロード」が光る仕組みになっている。

新作のスマホケースは、なんとハリウッド映画『スターウォーズ』シリーズとのコラボ商品。作品に登場する巨大な要塞「デス・スター」が電子基板と同じ素材で描かれ、作品の持つ近未来感と基板のメカニックな表情が見事に融合している。

普段は人の目に触れることがなく、なかなか知られることのない基板。そこにデザインとはかけ離れた「美しさ」を見出し、新しい価値を生み出したのが北山寛樹さんだ。北山さんは、基板をはじめとする電子部品の製造・販売をおこなう会社「電子技販」の代表を務めている。

「基板は完璧に機能性が計算された芸術品なんですよ」

ワクワクが詰まった少年のような瞳で北山さんは語りはじめてくれた。

電子技販は家族経営の会社。いわゆる”下町の中小企業”だ。アートやデザインには無縁だった「基板屋さん」が、いかにして名だたるショップや業界から賞賛を受ける雑貨を生み出すようになったのか? 北山さんに話を聞いた。

「基板オタク」だから生み出せた本気の商品

北山

そもそも基板は電子製品の内部にあるものなので、普通の人はほとんど見たことがないと思います。「moeco」の商品はよく「印刷でしょ?」と尋ねられるんですが、実際に電子機器のなかで動く基板と同じようにつくっているんです。


基板材料は、ガラスエポキシの両全面に銅箔が張ってあって、そこから配線パターンを形成する箇所にドライフィルムレジストを貼り付け、エッチング工程で不要な銅を溶かして……と、専門用語満載で基板の構造を説明する北山さん

北山

僕は会社の二代目で、幼少期は工場・事務所・住居がひとつに収まった建物で育ちました。すぐそばに工場があったので、昔から基板づくりを見たり、手伝ったりしていて。もちろん、遊び道具も基板。当時主流だった2層基板という、薄い基板は光に透けるんですよ。だから蛍光灯に透かして、電気の通り道を指で伝って遊んでいましたね。そんな風だったので、物心ついてからずっと「基板って美しいな」と思っていて。

インタビューがはじまってすぐに垣間見えたのが、北山さんの「基板オタク」っぷり。素材名など用語を羅列して熱っぽく語る姿は、まさに”オタクの本気モード”。日常のなかに基板があったからこそ、「moeco」が生み出せたのだろう。

北山

おそらく単純に基板の模様を印刷しただけでは、「moeco」が大切にしている基板の美しさは表現できなかったでしょう。基板屋が本気でつくった基板モチーフの雑貨だから、みなさんの支持を得られるようになってきたのかな……と思いますね。

「moeco」の商品は全て、企業に卸す基板と同じ機械を用いて製造される。職人たちが製図ソフトのCADで線を引き、模様の印刷にも本物の素材が使われるからこそ、商品には独特のメカニックな表情があらわれる。

偶然が積み重なって生まれた雑貨ブランド

おかん

「moeco」はいつから、どのようなきっかけではじまったんでしょうか。

北山

製造は2013年からですね。きっかけは「トイレ」なんです。

おかん

トイレ、ですか?

北山

はい。僕はよくトイレでアイデアを思いつくので、新社屋のトイレは思案がはかどるよう、こだわった内装にしたんです。すると、2013年にこのトイレが関西ローカルのニュース番組で取材を受けたんですよ。


新社屋のトイレは素材にこだわり、珪藻土や竹を用いた茶室のような雰囲気

北山

その取材時にトイレでどんなアイデアが浮かんできたかを問われて、とっさに「基板萌え」という言葉が口をついてしまったんですよね。

おかん

基板は魅力的なんだ、と。

北山

はい。僕の基板への気持ちが、そこで初めて言語化されたんです。そしてテレビ取材を受けた翌年、新入社員の女の子に「次回の展示会に出す新しい商品アイデアはないか」と課題を出したところ「基板をモチーフにした雑貨をつくりましょう」と言われたんです。偶然飛び出た「基板萌え」という言葉と、新入社員ならではの「基板をモチーフにした雑貨」という新しい発想、そして僕がかねてより抱いていた「基板は美しい」という感覚。この3つの要素を組み合わせて、「moeco」が生まれました。


企画当初、営業チームが作り上げたという「moeco」のプロトタイプ。「このクオリティ、ひどいもんでしょう」と笑う北山さんだが、試作品が大切に保管されている姿に言葉とは裏腹な愛情を感じられた

代官山の女に転がされた

おかん

プロトタイプを見たあとに現在の商品を見ると、正直言ってクオリティの差に驚きます。

北山

そうですよねえ。「moeco」を立ち上げた当初は、ネックレスやピアスなどのアクセサリーを中心につくっていたんです。現在のスタイリッシュで、いわゆる男性的なデザインに落ち着くまではですね……そう、代官山の女に転がされたんですよ

おかん

気になる言葉が出てきましたね。

北山

毎年8月に東京で「スモールメーカーズショー」という展示会があるんですが、そこで声をかけてくれたのが、代官山蔦屋書店で有名バイヤーとして名をはせる女性だったんです。「基板のグッズなんて見たことがない! 蔦屋書店オリジナルの商品をつくれないか」と、彼女から後日、改めて連絡がきまして。

おかん

すごいじゃないですか!

北山

オリジナルグッズ制作のオファーなんてはじめてだったので、すぐにとりかかりました。月に一度、代官山に通ってプロトタイプを確認してもらうんですが、そこからが大変でしたね。毎回、集まった雑貨コンシェルジュの人たちに、「ロゴはもっと小さくしろ」とか「この商品は売れなさそう」とか、こぞってダメ出しを受けるわけです。正直、何度も心が折れかけました。しかし、あの蔦屋書店に自社オリジナルの商品を置けるかもしれないという思いで必死にしがみつきました。ダメ出しを持ち帰って、改善したものをまた翌月見せて……の繰り返しの末、5ヶ月目でようやく納得してもらえる商品ができて、店頭に置いてもらえたんです。


▲路線図や地図基板で描かれた、「moeco」の人気商品。当初は東京の路線図だけだったが、現在は関西の路線図やパリの地図など、多彩なエリアを描いた商品が並ぶ。

おかん

最初の商品までに、そんなストーリーが……。

北山

そうなんですよ。その後、蔦屋書店さんといくつか商品を作ったのですが、一番人気だったのが東京の路線図を回路で表現したデザイン。基板そのものを活かしたグッズばかりだったので「基板ので別のモノを描いたらカッコいいんじゃないか」という発想から生まれたんです。その人気に裏打ちされ「moeco」の方向性はこれでいこうと。

おかん

なるほど。基板と路線図は共に無駄を省いた機能的な部分に美しさがあるので、相性がよかったのかもしれませんね。では蔦屋書店での販売をきっかけに、次々とコラボ商品を作り上げ、現在の人気に繋がったわけですね。

北山

いや、実は僕らとしては蔦屋書店さんのオリジナル商品だけの予定だったんです。

おかん

え! そうなんですか? 何か理由が……?

北山

我々、電子基板の中小企業はメーカーさんから受注して制作をするのですが、基板というのはメーカーにとって最重要とも言える機密情報。そのため、同業種の複数の会社から仕事を受けるのはご法度なんですね。それに加えて、商品の販売の際に、蔦屋書店のバイヤーさんが公式ブログで非常に心のこもった長文を書いてくれたんですよ。僕は「これはラブレターだ!」と(笑)。「こんなに愛してくれる蔦屋書店に一生を捧げよう、結婚だ!!」くらいの意気込みだったんですが、「ウチの他にも良い店を探して商品を置いてもらわないと、ブランドにならないよ」と言われてですね……。

おかん

堂々たる「浮気をしろ」宣言!

北山

正直、我々の業界の慣習からは考えられないことなのですが、雑貨の世界ではそれがまかり通るわけです。「う、浮気していいの!?」と驚きました。そこで、各地で開催されるギフトショーに出店したり、アニメやゲームなど、さまざまな版元に営業に行ったりと、積極的な浮気を繰り返しまして(笑)。少しずつ知名度や「基板とはこういうものなんだ」という認知が高まって、さまざまなコラボ商品のオファーをいただくようになりました。あの時、突き放すように浮気許可宣言をしてくれた蔦屋書店には頭が上がりません。

ストーリーを持つ会社だからこそ挑戦する価値がある

おかん

いまは基板製造と「moeco」の運営を兼務されている北山さんですが、ブランド立ち上げ当初、社内からの反対はなかったんでしょうか?

北山

相当なものでしたね。特にベテランの職人さんからは「雑貨をつくるなら、別会社をおこしてほしい」と猛反対がありました。確かに彼らの意見はもっともなんです。うちが基板を卸していたのは、鉄道会社や医療機器メーカーなど、質実剛健な企業ばかり。生半可に雑貨なんてはじめたら「遊んでいる」と思われて評判が下がりかねません。しかし、別会社で雑貨をつくっても意味がないんです。先ほど申したように基板は各社の機密情報ですから、「うちでこんな基板がつくれます」と他社へ見せることはありえないんです。つまり、会社の経営が発注元のメーカーに依存してしまっている。会社の将来を考えた時に、電子技販としてのオリジナル商品が必要だったんです。

おかん

なるほど。

北山

そして、何より僕らは回路づくりから実装までワンストップで行うプロフェッショナルの集団。僕はそんな企業の息子として生まれて、基板に触れて育った。基板に関しては他の誰にも負けないストーリーがあるんです。「moeco」は電子技販のストーリーがあるからこそ、ブランドとして成り立つんだ……。職人さんたちとぶつかるたび、そんな風に挑戦の価値を何度も何度も説いていきました。

北山

ですが、やはり折り合いはつかず、最初の数年は「moeco」は僕と妻の二人だけでやっていました。商品をコーティングしている樹脂は、妻みずからが手作業で塗装したもの。社員には迷惑をかけないように黙々とやり続けていました。しかし、雑貨販売としての実績をなんとか積んでいくうちに、従来の業務である基板製造の注文も増えてきたんです。2013年から自社オリジナルグッズをつくりはじめ、ようやく最近になって社内の理解も得られましたし、取引先の皆さんにも「moeco」の存在を告知することができました。

おかん

「moeco」のヒットによって、電子技販の名前が知られるようになったわけですね。

北山

それはもう! 営業ツールとして活躍してくれています。あと、なにより楽しいんですよね! 僕たちの仕事は納期を守ることや、きちんと作動するという当たり前のことが重要。素晴らしいものをつくったとしても、褒められることなんてありません。しかし「moeco」は購入者からのダイレクトな声が聞こえるんです。「カッコいい」「プレゼントに買いました」なんて声を聞くたびに嬉しくて仕方がないんですよ。これは他の社員たちのモチベーション上昇にも繋がっていると思います。


粛々と納品をこなすことが主体の仕事に「つくる楽しさ」や「商品が褒められる嬉しさ」を与えてくれたと北山さん。ちなみに工場内ではコンプライアンス遵守のために、基板の撮影はNG。この「商品を他に見せられない」問題を解消してくれるのが「moeco」だったのだ。

北山

今では全国放送のテレビ出演や、スターウォーズ、新世紀エヴァンゲリオンなど有名な作品とのコラボレーションを実現することもできました。


エヴァンゲリオンとコラボした商品

北山

版権商品の際には、僕が身体一つで相手の会社へと出向き、熱心に商品への想いを伝えました。基板を身近にして育ったこと、基板の美しさを感じていたこと、基板屋を継ぎながら会社の中で雑貨部門を設けていること……ある会社では、プレゼン後に即決で商品化が決まったこともありました。やはり、僕らの持つストーリーは多くの人の心に刺さったんだと思います。社員も喜んでいますが、何より僕が一番うれしいのかもしれませんね。「moeco」は自分の子供みたいだと思っているんです。


現在では雑貨にとどまらず、絵画も制作している。富嶽三十六景をなんと基板で表現しているのだという

おかん

今後の「moeco」の展望はありますか?

北山

日本だけではなく、海外へと目を向けていきたいですね。とくにアジアの経済圏にアプローチしていけたらいいなと思っています。先日、中国市場を視察に行ってきたんですが、やっぱりテクノロジーの発達が著しいですね。伝統的な文様などをプリント基板の技術で表現したらカッコイイんじゃないかと睨んでいます。

おかん

たしかに、中華圏のネオン看板がなんだかカッコよく見えるように、向こうの文化と回路のモチーフは相性がいいかもしれませんね。新しい商品をはやく見てみたいです!

持つと誰かに自慢したくなるようなつくり込みが施された「moeco」の商品は、生粋の基板オタクである北山さんだからこそ生み出せた逸品だ。

小さな町工場の社長が、自分自身の「ストーリー」を大切にしたからこそ、基板に「芸術品」という価値が備わった。機械の裏方であり、私たちがなかなか気づくことのなかった基板の魅力に、北山さんの挑戦が気づかせてくれたのだ。

「moeco」を通じて、北山さんがどんな新しいストーリーをつくっていくのか、今後も目が離せない。

店データ
  • PCB ART moeco 
  • プリント基板(PCB)とスマホケースなどの雑貨を融合させたブランド「moeco」の公式ショップ

写真:古賀亮平

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書いた人 : おかん

1989年生まれ。京都市在住。学生時代は日本画を学び、京都の編集プロダクションに5年勤めたのち独立。Webや雑誌を中心に、ローカルコンテンツや食べ物屋・お酒をテーマにした記事をよく執筆する。「スナックおかん」なるフードイベントも各地で開催中。

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