すべての人の「これが履きたい」を叶える。知られざる整形靴の世界

オシャレが好きだ。靴が好きだ。

お気に入りの靴を履いて出かける時には心がウキウキするし、靴が似合っている人を見ると「あ、ステキだな」と思う。

でも、そんな楽しみは、健常な足を持つ人だけのもの?

足に何らかの障がいや不便をかかえる人の「足元からオシャレ」は、いったいどうすればいいんだろう。

京都市の北区に「7th seed」(セブンス・シード)はある。

義肢とオシャレな靴を兼ね備えたオーダーメイドの整形靴(せいけいぐつ)工房だ。

「『これしか履けない』んじゃなくて『これを履きたい』と思ってほしいんです」

そう話すのは、「7th seed」の代表兼職人である新井宏明さん。手に持つブーツのような骨組みは丈夫で軽いカーボン製で、骨の硬度や筋肉量が足りない人の自立や歩行を助けてくれる。

「整形靴づくりは足の状態に応じて素材を変更します。さまざまな制約があるなかで、最大限、お客さんの要望に寄り添ったものをつくりたいんです」

知られざる整形靴の世界について、新井さんに話を聞いた。

「いかにも」な整形靴の見た目が嫌だった


整形靴は厳密には日本だと「装具」と呼ばれる。“身体にない機能を補うもの”としての意味をもち、義肢装具士は国家資格

おかん

この赤い靴、すごく可愛いですね。これも整形靴ですか?

新井

そうですよ。可愛いでしょう。これは片足が義足の人のためにつくった靴ですね。「Dr.マーチン」のような靴が欲しいという要望を受けて製作しました。外からはわかりませんが、片足ずつ中敷の高さや素材を変えていて、歩行がしやすいようになっています。

おかん

整形靴って、もっとゴツゴツしたイメージを持っていました。たとえば白いベルトと金属でできているような……。

新井

実際、そういうものが数多くあります。僕はそんな、整形靴の「いかにも」な見た目が嫌で仕方がなかったんです。

おかん

では、どういういきさつで「いかにも」を打破する工房をはじめたんですか?

新井

実は整形靴をつくりたくてこの業界に入ったわけじゃなかったんです。僕は学生時代、古着にハマったのをきっかけに大学を中退し、古着屋で5年ほど働いていました。24歳になって身の振り方を考えた時に、靴が好きだなあと思い至って。

おかん

そこから靴の世界に入っていったんでしょうか。

新井

そうです、手に職をつけたくて。でも靴の職人って若いうちに弟子入りしたり、海外の工房で学んだりする経験が必要で、当時の僕の年齢だと遅かったんですよ。それで、靴の製作だけだと一流になれないから、付加価値をつけようと。その付加価値が僕にとって「整形靴」だったんです。そこで、整形靴科のある専門学校に通いました。

おかん

実際に整形靴を学ばれてからはどうでしたか?

新井

おもしろかったですね。まず、そもそも歩行や起立をサポートしてあげる役割があって、見た目よりも機能の方がとても大切。だから、その機能の範囲内でできることをしないといけない。でも、足に疾患を持つ人だって、足元からオシャレを楽しみたいと思う気持ちはあるんですよ。


さまざまな素材が詰まった工房内の棚。新井さんは大阪の中崎町というエリアにある有名な古着屋「RAIN DOGS」に勤めていた。革製品やハイブランドのヴィンテージが多かったお店で吸収したセンスが整形靴にも活かされている

新井

だから、専門学校を卒業したあとは義肢装具会社に就職しました。そこで製作の技術だけでなく、利用者の方が何を求めていて、何を望んでいるか、そして職人として、僕はどう寄り添っていけるかを学びました。その学びを活かし、「いかにも」を取り払って、既製品と同じような整形靴を手渡したとき、泣いて喜んでくれる方も多かったんです。「みんなが履いているような靴が欲しかった」「これでオシャレを諦めなくていい」って。


ファッションの専門学校に通う女の子や美容師の男性から、発達障がいなどで色や素材に強いこだわりを持つ人まで、新井さんは幅広い利用者の「これが履きたい」を一足一足、丁寧にヒアリングを重ねながら整形靴をつくる

整形靴は医療器具

おかん

既製品とおなじような見た目の靴が人気なんでしょうか。

新井

ええ。やっぱり一目見ただけでは足の不調がわかりにくい方がいいという声もありますが、みんなと同じようなオシャレを整形靴で楽しむことができることのニーズは大きいです。

おかん

整形靴で制作するのが難しい形はありますか? たとえばヒールの靴やつま先が尖ったものなど。

新井

そういう形もないことはないですけど、やっぱり難しいですね。既製品と同じような見た目であることは僕の整形靴づくりのポリシーですが、そもそも整形靴は、医者の処方によって製作ができる医療器具。利用者の足に不調を与えるリスクがある靴はやはりつくることができません。

おかん

あ、整形靴をつくるにはお医者さんの処方が必要なんですね。

新井

そうなんです。うちは国家資格を持っている義肢装具士がスタッフとしているので、医療保険を適応して靴をつくることが可能です。障害に応じて値段は変わりますが、多い価格帯は3〜5万円ほど。ただ、整形靴は一般的な靴よりも割高ですし、保険適応とはいえ、満額を先に支払ってもらってから保険適応分をお戻しするかたちになるので、利用者は一時的に出費が多くなります。

おかん

そうなんですね。保険適応でつくることができる靴の数は限られているんですか?

新井

基本はひとり一足、という場合が多いです。年齢や障害に応じてもう1足つくることができる場合もありますが、やはり数は限られますね。保険を使わなければ何足でもつくれますけど、現実的ではありません。

おかん

私なんて気に入った靴があったらストックでもう1足買ったりするのに……。整形靴は利用者の人にとっては一張羅なんですね。

新井

そうですね。お子さんの場合、成長に応じてつくり直すスパンは短いですが、大人だと1年〜1年半くらいは履き続けられます。長く付き合ってもらうものになるからこそ、見た目でも、機能でも「これだ!」という一足をつくることは大切です。

整形靴は人生に影響を与える


利用者の足の形に合わせて型をつくるところからはじめる整形靴。歩行障害がある人にとって、歩きやすいこと、足の変形を悪化させないことが最も大切になるという

おかん

既製品と同じようなビジュアルの靴であることと、医療器具としての機能を満たすことのバランスはとても難しいように感じます。

新井

そこが職人としての腕の見せ所なんです。僕の工房の場合、いまは歩行障害を持つお子さんや、糖尿病の患者さんに靴をつくることが比較的多いんです。そういう方達はとくに装具の機能に関しては気を遣いますね。


画像は事故による外傷で右足部に変形のある人の靴型装具。見た目は完全に「オシャレな普通の靴」だが、組織や筋肉などが失われたセンシティブな足をさまざまな工夫でサポートしているという

新井

たとえば成長期のお子さんの場合は、靴によって足の変形を抑えるという機能も果たすんです。でも、運動量も多いですし、身体もどんどん大きくなる。装具が原因で変形がひどくなっては意味がありません。また、糖尿病の患者さんは知覚神経障害をもつ方も多いです。足先など、末端の痛覚が鈍くなってしまうんですね。痛覚が鈍くなると傷を自覚しにくい。しかも末端の血行が悪くなっているので治りも著しく遅い。小さな傷が感染症に繋がることもあります。

おかん

大人だと「せっかくつくってもらったんだし」と気を遣って違和感を押し殺しちゃう人もいそうですね。

新井

そうなんですよ。本来サポート役である靴がその人を傷つけてしまうというリスクが整形靴にはある。工房で働くスタッフはもちろん、僕自身にも「整形靴はその人の人生に大きな影響を与えるものだ」と常に言い聞かせています。


足型ひとつでも、重心の位置を調整したり、変形を抑えながら歩きやすくするための工夫を凝らしたり、細部にまで注意を払う

儲からないけど楽しい

おかん

いちばんつくるのが大変だった靴はどれですか?

新井

このマルチカラーのショートブーツですね。

新井

色に対してものすごくこだわりが強い利用者さんで。いろんな素材をコラージュのように貼り合わせてつくってるんですけど、バランスが取れてるでしょ?

おかん

おお〜! めちゃくちゃ可愛い……!! 左右でコラージュのバランスが違うんですね。こんな靴、私も欲しいです。

新井

もちろん、中敷なども負担がなく歩きやすいつくりになっていますし、着脱がしやすいように、ファスナーをサイドから前に向かって斜めにつけています。これはいろんな人から褒めてもらえますね。整形靴の利用者じゃない人が見ても欲しくなるような靴は、つくった甲斐があります。あとはこのブーツとか。


単色染めの皮とムラ染めの皮、2色使いでつくられたルビー色が美しい一足。「素敵な靴を履いて欲しい」という情熱が見える

新井

これはふくらはぎまでのサポート力が強いタイプの整形靴です。この利用者の方は足の甲が盛り上がる「ハイアーチ」という変形を持っていて足の前方に負荷がかかりやすいのですが、それを靴の整形によって助けています。

おかん

このクラシカルなウィングチップ(つま先部分の皮の装飾)、かわいいな〜! 随所に施された穴飾りが効いてますね。でも、こんな凝った靴ばっかりつくって、儲かります……?

新井

儲かりませんよ(笑)。でも、別に僕は自分が好きなことをやってるだけだし、スタッフを食わせられればそれでいいかなと。それに、おかげさまで「『7th seed』の靴を履きたい」と言ってくれる人も増えてきていますしね。ひとりでも多くの要望を叶えられることが1番です。うん、楽しいですよ。


私自身、新井さんとは出会って4年くらいになるが、以前出会った頃に比べてずいぶん白髪が増えた。まだアラフォーなのに……。でも整形靴を語るその笑顔に屈託はない

全国に志を同じくする工房が増えればいい

おかん

今後、こうしていきたいという思いはありますか? もっとお店を拡大したいとか。

新井

お店の拡大は正直言って無理なんですよね。整形靴って、つくる前から利用者とのヒアリングや調整を繰り返す必要がありますし、手渡してからも定期的なメンテナンスが必須。この工房に来てくれることが前提になるんです……。だから僕は自分の店を大きくしたいということよりも、利用者の「これが履きたい」を叶える、志を同じくするお店が全国に増えて欲しいと思っていて。

新井

だって、沖縄から来てくれる利用者さんもいるんですよ。僕のところを頼って来てくれるのは嬉しいけど、飛行機代もバカにならないじゃないですか。それぞれの土地にうちみたいな店があれば、遠方に行かなくてももっと自由に気軽に、好きな整形靴を多くの人が手にすることができますから。おかげさまで、FacebookやInstagramなどSNSでの投稿に力を入れることで、遠くの方もうちの存在を知ってくれつつあります。自分が住んでいるところで「こういう工房を開こう!」と思う人が増えてくれたらうれしいですね。

道の凹凸をなくすことだけがバリアフリーではない

「新井さんに話を聞こう」と思ったのは、ある女の子の靴が新井さんの作った整形靴だったことがきっかけだ。モデルのように美しい彼女が履く靴はとても美しく、それが整形靴であるとは思いもよらなかった。

道の凹凸を無くし、エレベーターを普及させることはもちろん大切だ。だけど私は、誰もが「履きたい」と思う靴を履いて出かけられる“当たり前の幸せ”が広がることも、歩行や起立に不便さを持つ人々にも享受されること。

これもまた、バリアフリーな世の中をつくる取り組みのひとつなんじゃないかな、と思う。

医療器具としての役割を果たしながらも、履く人の「好き」をギュッと詰め込んだ整形靴をひたむきにつくり続ける新井さん。彼の話からは、だれもが心地よいライフスタイルを送るためのアイデアを教わったような気がした。

新井さんは最近、ショップバッグをつくったそう。アメコミ調のイラストがキュートなキャンバス生地のバッグだ。

細部にこだわり、ものづくりを楽しむ新井さんは、今日も多くの人たちに“当たり前の幸せ”を生み出し続けている。

店データ

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書いた人 : おかん

1989年生まれ。京都市在住。学生時代は日本画を学び、京都の編集プロダクションに5年勤めたのち独立。Webや雑誌を中心に、ローカルコンテンツや食べ物屋・お酒をテーマにした記事をよく執筆する。「スナックおかん」なるフードイベントも各地で開催中。

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