消えゆく都市型農家の生き残り戦略。まだまだ伸びる、農家としての道

「私たちの代で専業農家は終わりなんです」

取材を始めて早々、西東京市で農家を営む安田加奈子さんの口から驚きの言葉が飛び出しました。

加奈子さんは、露地栽培にこだわり野菜を育てる「やすだ農園」の4代目。幼稚園教諭を経て、サラリーマンを辞めて婿入りした夫の弘貴さんとともに農園を継ぎました。

畑に併設した直売所やオンラインショップ、マルシェ出店などを通じた野菜の直販、そしてSNSでの情報発信に力を入れるほか、食育の現場でも活躍しています。


オンラインショップでは季節に応じた野菜セットを中心に、新品種の野菜や無農薬のブルーベリーなどを販売

代々継いできた農園は、二人の代で専業農家としての幕を降ろすことが決まっている……その裏側には、東京という都会で農業をする上で避けられない、ある現実がありました。

楽なことばかりではない状況を、いかに楽しみながら乗り越えるか。前向きに農業に取り組む安田夫妻に、都会の農家を取り巻く現状と、これからの農業の可能性について聞きました。

歴史を重ねる毎に減っていく農地

西村

お二人とも、別の仕事を経て農家に転身されているんですね。

加奈子

私は小さい頃から、実家を継ごうと思っていたんです。結婚相手も、農家になってくれる人を探していました(笑)。

西村

弘貴さんは農業の経験があったんですか?

弘貴

いえ、全く。でも、サラリーマン時代の仕事も農家としての仕事も、同じ責任感をもって取り組めると思ったんです。それで婿入りを決めました。妻の両親に一から農業を教わりながら、情報発信など新しいことにも取り組んでいます。

加奈子

オンライン販売やマルシェ出店は、私たちの代から始めたんです。商品のポップや看板づくりに、前職の幼稚園教諭の経験も活きていますね。

西村

精力的に農業へ取り組む様子が伝わってくるのですが、お二人の代で専業農家としては終わり、というのはどういうことなのでしょうか。

弘貴

一言で説明するのは難しいのですが……都心で農家をやっているゆえの理由があります。まず、地方に比べて、東京の土地代は高いです。そのため相続の際、農地はもちろん、作業場などを含めた宅地にかかる税金もかなりの額になります。生産緑地制度(※1)のような優遇措置はあるのですが、それでも相続のたび、少しづつ畑を手放していくしかないのが現状でして。

加奈子

うちの農園でも、祖父の代と比べると畑が3分の2ほどになりました。私たちの次の代では、大手出荷が難しくなり、家庭菜園レベルになってしまうと思います。

※1 生産緑地制度……良好な都市環境を確保するため、30年間の期限付きで土地を農地として維持していく代わりに、税制面で大きな優遇を得られる制度。

西村

東京の農家さんに、そんな苦労があったんですね…知りませんでした。

加奈子

小さい頃は知識もなかったので、長女である私が継ぐと言えば土地を売らないですむと思っていたんです。でも、思い出の詰まった畑や雑木林も私が子どもの頃に手放して、すべて建売住宅になってしまって。家を建てる際には砂利やコンクリートを土台に入れるため、宅地になった土地を農地に戻すのも、ほぼ不可能なんです。

西村

相続のたびに土地を手放さざるをえない上、宅地になると農地には戻せない。ということは、今のままでは近い将来、都心から畑がなくなってしまう可能性もあるんですね。

弘貴

都心に限っては、その可能性もありますね。地方では逆に土地が余っているので、就農する人を国や自治体が募集しています。ですから、東京の事情を地方の農家さんに話すと驚かれますし、農家の間でも意識の違いがあります。難しい問題ですね。

SNSでの発信がきっかけをくれた

西村

都市型農家としての厳しい現実があるなかで、お二人は今までと違うやり方にチャレンジしていると聞きました。

弘貴

東京の土地代のような問題は、僕らではどうにもできませんから。収入を少しでも増やして畑を維持できるように、ネット販売をしたり、いろんなツールを使ったりして「やすだ農園」の野菜にブランドとしての価値をつけることに取り組んでいます。

西村

ブランド化は畑を継いだ時から意識していたんですか?

加奈子

基本的なやり方自体は、昔とほとんど変えていません。畑に併設の直売所は、30年くらい前に祖母が始めたんです。最初は見た目がよくないB級品だけを並べていたのですが、母が野菜の種類を増やして、より楽しく買い物ができるように変えました。私たちの代からは、珍しい野菜や味の違いがわかりやすい野菜にかわいいポップをつけて販売しています。スーパーでは売っていない、おいしい野菜があるから買いに来たくなるような場所を意識していますね。


畑に併設された直売所。特徴や調理法などが書かれたポップとともに野菜が並ぶ

西村

今までのいいところを受け継ぎつつ、お二人なりの工夫もされていると。

加奈子

SNSがそうですね。農作業の休憩時間を使って、直売所や畑のことを日々発信しています。おかげさまでお客様からの反応もいいですね。夫は何を投稿してるか全然見てくれないんですけど……(笑)。

弘貴

そこは妻を信頼してるので任せてます(笑)。

加奈子

ただ、戦略的にすべてを進めていったわけでもないんですよね。約3年前から私が農水省の「農業女子PJ」というプロジェクトに参加させていただいたのを機に、催事に出たり自分たちの顔を出して売ったり、表に出る機会が増えたんです。それまではちゃんとしたホームページも無かったんですが、そこで昨年末に初めてブランドのロゴやパンフレット、ホームページを制作しました。すると自分たちをPRできるものが増えたので、お客様も増えていったんです。SNSも、その頃から意識して取り組んでいます。

西村

やすだ農園さんのSNSは、野菜の紹介やレシピ提案に女性の目線が感じられますよね。文章の雰囲気も優しくて、とても読みやすいです。

加奈子

農家のSNSは男性による固めの内容が多いように思うので、やわらかい雰囲気になるように意識していますね。レシピは、あまり知られていない品種の野菜のときに載せています。調理法がわからないという声をよくいただくので、自分たちで試作してレシピを考えてるんです。お客様からおいしかったと言われる品種を増やしたり、SNSで寄せられる声を参考にしたりもしています。

西村

野菜の名前も特徴的で面白いなと思いました。

加奈子

「トマトベリー」みたいに品種名をそのまま使うこともありますが、お客様がイメージしやすいように、違う名前をつけて販売することもあります。例えば「濃い味きゅうり」とか「激甘とうもろこし」。元はそれぞれ「シャキット」「ゴールドラッシュ」という品種名なんですが、そのまま書いてもお客様にはピンとこなかったみたいで。そこで名前を変えたところ、「本当に味が濃いですね」「甘いですね」と口コミで広がり、売れるようになりました。

西村

確かに、ぐっと野菜の味をイメージしやすくなりますね。

都市型農家としての新しい役割

西村

ネット販売も、お二人の代から始められたんですか?

弘貴

そうですね。出荷先の割合としてはスーパーなど大手小売店への卸が多いのですが、最近になってネット販売も始めました。大手小売店への卸は1点あたりの買取価格が安くなる分、量を多く出荷できます。それに、10数人程度の農家さんたちとグループを組むので、どこかが不作でもカバーし合えることがメリットです。

加奈子

ネットや直売所での直販は自分たちで自由に値段が決められるし、お客様と直に向き合って売ることができますね。自分たちのブランドシールを貼ったり、手紙を添えてコミュニケーションを取ったり。でも、逆に直販だと少量ずつしか売れないですし、いつ売れるかもわかりません。注文いただいても、入金がないと出荷できないので、野菜を一番いいタイミングで収穫できなかったりもします。

西村

どちらも一長一短なんですね。直販にあたってはファンを増やしていくことが大切だと思いますが、工夫していることはありますか?

弘貴

私たち自身がなるべく外に出ていくようにしています。マルシェ出店の声がかかれば、できるだけ出店して野菜の味を知ってもらう。そこでパンフレットとかをお渡しすることで、ホームページを見てくれたりファンになってくれる人が増えている実感はあります。

加奈子

マルシェでは珍しい野菜を手に取るお客様が多くて、ついでに他の野菜もまとめて買ってくれるんです。そうやって実際に売れる様子を見ることが、やる気にも繋がっていますね。最近はよく吉祥寺のマルシェに出店しているんですけど、お昼までに売り切れても、午後に朝採れの野菜を追加で並べることができるんですよ。そういう点は、都内で農家をやっているメリットといえますね。

西村

東京だからこそマルシェも数多く開催されていますよね。都市型農家の利点は他にもありますか?

弘貴

食育につながる仕事によく声をかけていただけることですね。西東京市の取り組みとして、市の畑で近隣の幼稚園や小学校の子どもが生育観察から収穫までひと通り農業を体験する取り組みがありまして。そこで指導員をさせてもらっています。また、農林水産省からの依頼で、妻が霞ヶ関付近の保育園児を対象に食育の講師をさせて頂きました。食育とは少し違うかもしれませんが、最近は老人介護施設に行くこともあります。野菜や農家について知ってもらうためのお話をしたあと、実際に野菜を食べてもらったり、販売させていただいたりしました。農家には消費者の方々と接する機会もなかなかないので、そういう意味でも食育の場をいただければ顔を出して、何かしらの縁に繋げていければと思っています。

西村

食育では、加奈子さんの幼稚園教諭の経験も活きそうですね。

加奈子

そうですね。でも、最近は子どもに教えるだけが食育じゃないことにも気付きました。保育士や幼稚園教諭の友人が多いのですが、実際に現場で働く友人たちから、若い保育士の自然体験の貧しさの話をよく聞くようになったんです。自然ってこんなに楽しいんだ、すごいんだってことを教える側が知らないと、子ども達に伝えられませんよね。だから、うちで自然に触れてもらうことで、食育の可能性をもっと広げられたらと思っています。

弘貴

最近、さらに新しいチャレンジとして、「6次産業化(6次化)」を考えています。うちの野菜を加工して、新しい商品をつくりたくて。

※2 6次産業……農業、漁業などの1次産業が2次産業(製造業)、3次産業(小売業)にも取り組み、加工品の製造、販売までを行うこと。1次×2次×3次=6次化。

加奈子

設備投資のリスクが怖くて、6次化には手を出してこなかったんですよ。ただ興味はあったところに、農業特化型クラウドファンディングサイトの「クラマル」さんからお話をいただいて。クラウドファンディングで資金を募る形なら、挑戦してみようかなと思ったんです。

西村

どんな加工品をつくるんですか?

加奈子

赤ビーツのコンフィチュールです。ビーツは栄養価が豊富で流行りの野菜なのですが、そのままだと泥臭くて食べにくい。直売所やマルシェでも、ビーツの食べ方をよく聞かれるので、食べやすいコンフィチュールにしようと考えました。今回のクラウドファンディングで、同じように苦労している農家さんたちの夢を広げられたらいいなと思っています。

☆クラウドファンディングのページはこちら

声をかけてくれる人たちがいるからこそ、新しいことにチャレンジしていけるという安田夫妻。

自分たちを応援して、野菜を買ってくれる人たちに喜んでもらいたいという想いが二人を動かしているそうです。

何より印象的だったのは、加奈子さんの「農家って毎日大変だし、さらにはその畑を残せないこともわかったからこそ、自分たちが楽しむ。やるからには楽しまないと」という言葉でした。

厳しい現実に直面しても、楽しみながら乗り越えていく安田夫妻。二人のこれからの挑戦が楽しみです。

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書いた人 : 西村隆ノ介

にしむーです。eat designerとして「食とデザインとアートの何か」をテーマに活動をしています。ケータリング、スタイリング、イベントやグラフィックデザイン、浅草で「ふうらい食堂」、鎌倉でフルーツサンド屋さんをやっています。どんなことも人に喜んでもらうことを軸にして生きています。

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