「修行で私は自由になる」インドで見つけたバウルという生き方


修行。それはひとつの道を極めるために、自分を律し、精進し続けること。自らの選択で、試練を受け入れること。あるいはそれをしなければ生きていけないと思うほどに、私たちの心を掴んで離さない“何か”のことである。

インド東部とバングラデシュにまたがるベンガル地方に、バウルと呼ばれる吟遊詩人たちの伝統がある。托鉢・門付をしながら旅をし、農村部を中心に、戸口などで歌うことで生きていたとされるバウルは、仏教やイスラム神秘主義、女神信仰やヒンドゥーなど、様々な伝統の影響を受けながら、どの宗教宗派にも属さず、師弟相伝で受け継がれてきた。


バウルはエクタラと呼ばれる1絃琴を操りながら舞い踊り、歌う。写真はバウルの世界的アーティストでもあるパルバティ・バウル。Photo by Akira Io
日本人にはあまり馴染みのない存在。しかし“魂の歌い人”ともいわれるバウルは、UNESCO無形文化遺産にも指定されるなど、世界中の人々からその伝統が高く評価されている。

たとえば、アジア初のノーベル文学賞を受賞した詩人タゴールや、同じくノーベル文学賞を受賞したアメリカ音楽界の重鎮ボブ・ディラン。彼らもまたバウルの歌から大きな影響を受けているそうだ。

そんなバウルの世界に魅了され、自身もバウルの道を歩む覚悟を決めたのが、これから紹介する佐藤友美(さとう・ともみ)さんという日本人女性。

「ずっと“普通”になることができず、この世界に生きづらさを感じていた」という佐藤さんは、海外の大学を卒業後、インドの企業に就職。「歌われる詩」に関心を持ち現地の古典声楽を学んでいたが、あるときインド人のバウルで世界的なアーティストでもあるパルバティ・バウルに邂逅。次第にその深淵な世界に引き込まれていった。

現在はそのパルバティ・バウルに師事し、現地と日本を行き来しながら修行の日々を送っている佐藤さん。彼女はいかにして異国の伝統文化の世界に飛び込み、孤高の歌人として生きることを決めたのか。果てなき修行を続ける彼女の生き方に迫った。

プロフィール
佐藤友美(さとう・ともみ)
1986年埼玉県生まれ。幼少期をオーストラリアとシンガポールで過ごす。10代から武道を実践。オーストラリア国立大学でサンスクリット語と言語学を学び、「歌われる詩」に興味を持つ。大学卒業後にインド・ケーララ州の企業に就職。働きながら南インド古典声楽とケーララ州の音楽に取り組むが、パルバティ・バウルの表現に魅せられバウルの道へ。現在は修行のため日印を行き来する生活を送っている。

バウルとは何か?

佐藤さん、こんにちは。まず、単刀直入に「バウルとは何か」ということについてお聞きしたいのですが。

…………。

どうしました?

すみません…………私にも、わからないんです。それが何かについて考えてはみたのですが、どうしてもはっきりとした答えを出すことができません。

ええと……経済活動をせずに生きて、歌い続ける人という認識でいたのですが、違いますか? インドでは身分制度カーストの外側にいる超越的な存在でもあると。

さまざまな解釈があるのです。まず、バウルというのはベンガル語で「狂い」を意味します。「愛に狂う人」とか「社会通念から外れた人」と解釈する人もいます。またある人は「心の状態」であるともいいます。いずれにしろ、バウルはただ歌うだけの人ではありません。

歌うだけではない、というのは。

「語る」のです。本当のバウルは歌を「語る」。「歌を歌っているようでは、ただのシンガーだ」と私の師匠は言っています。これは歌手を貶めて言っているわけではありません。バウルの本質はそもそも、歌を歌うということにはない、ということなのです。

バウルはベンガル地方の、放浪の吟遊詩人だと紹介されますが、本質的には行者です。独特の哲学を反映した詩を歌い、踊ります。そして農村部を中心に、戸口などで歌うことで米や野菜をいただく托鉢・門付をしながら修行の旅をしていくのが本来の姿です。今は都市部や、電車の中でも見かけることができます。

ノンフィクション作家の川内有緒さんが著書『バウルを探して 地球の片隅に伝わる秘密の歌』のなかでも書かれていました。最近はバウルはバウルでも、普段はサラリーマンをしているような“週末バウル”も増えているそうですね。

それは本物のバウルではないという人もいますが、では何だったら本物といえるのかというのは非常にむずかしい問題で。私の師匠も「これがバウルだとか、あれがバウルだ、などということはできない」と言っています。

どうして定義できないんですか?

それは、それぞれの求道者にそれぞれの道があるからです。

結局、バウルの伝統も資本主義社会に飲み込まれて、昔と同じようにはできないというのが実情です。もちろんまだ托鉢・門付をしている人もいるけれど、それだけでは生活が成り立たなくて、いわゆるミュージシャン的な活動したり、外からの寄付を受けている人もいる。

私の師匠も、自分の師匠のアーシュラム、つまり修行道場のようなところに長年に渡って寄付をしていました。資本主義社会の現代にそぐう形で、どうやって伝統を引き継いでいくか。それをいまみんなが考えているところなのです。

伝統もどんどん変化していかなければいけないんでしょう。

そうですね。もちろんそのなかで守らなければいけないことはあるので、それが守られていないと感じる人などは、あんなものはバウルではないと揶揄したりもする。

たとえば、バウルは子どもをつくってはいけないと言う人もいます。ちゃんと修行をしていたら子どもはできない、というのがその理由です。

それはどういうことなんでしょうか? 血縁で伝統が引き継がれてきたものではないとしても、それってちょっと厳しすぎるような……。子どもがいて、修行ができないということもないでしょうし。

はい。現実には子どもを持っているバウルはたくさんいますし、パートナーを持つことを推奨するバウルもいます。私の師匠にもパートナーがいます。ただ、子どもができてしまうというのは、自分の欲求がコントロールできていないからであると考えるバウルもいるということです。

なるほど。つまり、どんな考え方を持ったバウルを師とするかによっても違ってくると。

はい。定義がむずかしいというのは、そこに理由があるのです。なにせ、それぞれの求道者にそれぞれの道があるのがバウルの世界ですから。

なぜ、バウルだったのか?

ではなぜ、佐藤さんはそうしたバウルの道に入ることに決めたのでしょうか? 異国の地の伝統文化に飛び込むには覚悟が必要だったのではないですか?

私が師匠のパルバティ・バウルと初めて会ったのは、南インド・ケーララ州の州都トリバンドラムでした。当時私はインドのIT企業で日本語講師として働きながら、南インドの古典音楽を習っていたのですが、たまたまパルバティ・バウルの存在を知って、バウルとはいったいどんな歌い人なんだろうという好奇心で会いにいったんです。

そこで初めて生の歌を聞いたわけですね。

はい。そのときはただ数曲の歌をこころみに教えてもらっただけでした。不思議な魅力を持った歌だなあとそのとき感じたのですが、それ以上のことは特になくて。でも日をあらためてまた訪れたときに教えてもらった歌は、これまでの曲とは雰囲気が違うもので、私は驚きました。それはこういう歌でした。

向こう岸へ

私をつれて行って

一人では渡れない

あなたの慈悲なしには

(ラロン・ファキール)

※ラロン・ファキールは18世紀の終わりに生き、非常に多くの歌を残した伝説的なバウル。バングラデシュには彼の廟がある。

宗教的な詩だなあと思って率直な感想を伝えると、彼女はこう言ったんです。

これは、どんなことに取り組むときにも必要な態度です。何かに取り組むときは、自分の身を捧げて取り組まなければならない。普通の人は、何かが起きたとき、怒りや悲しみを目の前にいる人に向ける。しかし、行者はどんな感情でも、それが怒りなど負の感情でも、喜びでも、天に向ける。それが、普通の人と行者の違いです、と。

修行をしている人の言葉、という感じがしますね。

私はそのとき、自分はそれほどまでの感情を、この世界に対して持ったことがあっただろうか、ということを考えました。私がこれまでの人生で学んで来たことと言えば、過剰な期待をしないことで、自分の心を守ることぐらいだったのではないか。誰かや何かに対して強く感情を持つことすら、諦めるばかりだったのではないか。

このときの体験が印象的だった私は、それからインドでの仕事を辞め、日本に帰国してからも繰り返し、この歌を歌うようになりました。それからインドと日本を行き来する私の修行生活が始まっていったのです。


師匠パルバティ・バウルのもとで歌う佐藤さん(写真右)Photo by Samuel

バウルを伝えるということ

今回、佐藤さんはクラウドファンディングでその師匠が書いた本「Song of the Great Soul」の日本語版の制作費を集めました。見事に目標金額を達成されましたが、この本の制作に込めた思いについても聞かせてください。

「Song of the Great Soul」はおそらくバウル自身が英語で書いた本としては初めてのものだと思います。今に至るまで類書はほとんど無く、これほど簡潔に、深く、バウルの入門書として英語で書かれているものは他に見たことがありません。


原著の表紙・裏表紙。©Ekathara Kalari

この本には、彼女自身のバウルとしての経験や、どのようにこの道に入ったかに加え、二人の師、故ショナトン・ダス・バウルと故ショシャンコ・ゴシャイについても書かれています。

この二人は、近年最も尊敬されたバウルの長老たちであり、どちらも行者としてのみならず、歌舞においても別格と目されていました。ここに描かれている彼らの人生を通して、バウルという生きざま、そしてベンガル地方においてバウルがどんな存在であるかを感じることができます。

佐藤さんがそれを日本人に届けたいと思ったのはどうしてですか?

この世界に生きづらさを感じていた私が、他のどこにも見つけられなかったものをバウルの世界に見出だしたように、日本にもきっとこの本を必要とする人がいると思ったからです。

生きづらさ、ですか。

はい。私が今、バウルの修行をしているというと、「好きなことをやれていていいね」と言ってくれる人もいるのですが、当時を振り返れば、私にはもうこれしかありませんでした。この道を選ばなかったら、苦しくなって死ぬだけだと思っていました。

普通になれない自分……孤独な自分……。自分のことなんて誰にも理解してもらえないという感覚もありました。今でもそれは変わりません。人はみんな孤独だし、生きていることに意味なんてないかもしれないとも思っています。

でもそこに何かしらの意味があるとしたら、それは自分という存在を深く見つめることでしか見出せない。「すべての答えは自分のなかにある」という思想を持ったバウルの道なら、いつか生きることへの悟りを開けるときがくるかもしれないと思ったのです。

人が修行を求める理由が今の佐藤さんの言葉に詰まっているように感じます。

それに私は“歌われる詩”に興味がありました。今、詩というと書くものであったり、それ単体で読むものでもあったりしますが、たとえば中国の詩ももともとは、民謡や歌という意味がありました。日本の和歌も昔は節をつけて歌っていたし、本来的に詩と歌は一体だったんです。

バウルの歌はまさにその“歌われる詩”だと思いました。“歌われる詩”は生きている。生きているのはなぜかというと、そこに修行があるからだと私は思うのです。

修行の先に何を見るのか?

では、佐藤さんはその修行の先にどんな自分が待っていると思いますか? 何を求めて、これからも修行を続けていくのでしょうか?

私はたぶん……自由になりたいんだと思います。

自由ですか。でも、修行という言葉から連想するのは不自由な生活です。師匠の身の回りの世話などが中心の生活にもなるそうですが。

それでいいのです。自分が信じていこうと思えるもの、価値を感じられるもの、よいと思えることのために、奉仕していくことをバウルの世界ではセーバというのですが、人が見れば不自由にも思えるそうした奉仕を「好き」だと思える感覚にこそ、自由へのヒントがあると私は思っているのです。

「好き」で奉仕する。それは佐藤さんの求める自由にどうつながりますか?

わかりません。でもその「好き」という感覚がないと、結局は誰かのせいだとか、誰かのためにだとか、自分という存在を拠り所にしない感情が、良きにつけ悪しきにつけ出てくる。そういう感情が自分のなかにある状態というのは、はたして自由といえるのでしょうか。

バウルの世界では、すべての答えは自分の中にあります。それを信じて歌い続けるなら、私が求める自由もまた、私自身のなかにしかないと思うのです。

区切り線
現代社会において、人はしばしば「不自由」を感じている。社会のルールに縛られて「不自由」を感じている人もいるだろうし、お金に縛られて「不自由」を感じる人もいる。あるいは、会社での働き方に制約が多いから「不自由」なのだとか、結婚生活や子育てがしんどいから「不自由」なのだとか、まあいろいろとみんなあるだろうと思うのである。

しかし、結局のところ、多くの人はどうやったらその「不自由」から逃れて、「自由」になれるのかという問いに答えを見つけられない。

だからそこそこの「不自由」には目をつむりながら、まあまあな感じで生きてしまうのだろうし、そうして気付いたら年をとって、「自分の人生、まあまあだったな」という感じで死ねたらいいというくらいには何かを諦めていく。私もそういうところがあるかもしれない。

ところが、今回インタビューをした佐藤さんはおそらく、そういう「まあまあな状態」で生き続けることに納得できなかった。そもそも人間は絶対的に「不自由」な存在で、この世界とつながって生きていく限り、そこからは逃れようがない。だとしても、せめて「心だけは自由でありたい」という思いの先に、バウルという修行の世界に飛び込んだのだ。これはすごいことである。

修行というのは、徹底的な反復と内省によって、自分という存在の輪郭をはっきりさせていく、端的にいえば「自分を知る」ためにあるものと私は考えている。

だからバウルが「それぞれの求道者にそれぞれの道がある」とするのは、修行のあり方として当然だと思うし、これはつまり「自分のことは自分にしかわからない。だからこの世界に不満があるとしたら、自分を見つめ、自分を変えることで何とか乗り越えよう!」ということなのではないか、という風にも考えられたのである。

佐藤さんは、バウルの求道者として生きることが「自由」への道であると考えた。それはひとつの「決断」だったと思う。だとしたら、日常に「不自由」を感じながら、たまに文句も言いつつ「まあまあ生きている」私たちは、これからどう生きていくかということについて、どんなを選択し、どういう「決断」を下していることになるのだろう。

人生というのは本当に、考えることがたくさんあるものである。

インドの吟遊詩人バウルの本「大いなる魂の歌」日本語版制作プロジェクト!
  • 支援総額/目標
    695,000円/350,000円
  • 内容
    タゴールとボブ・ディラン、二人のノーベル文学賞受賞者をも魅了したインドの吟遊詩人バウル。放浪し舞い歌う行者バウルの秘めたる世界を知る格好の入門書「Song of the Great Soul」の日本語版を制作したい!

書いた人 : 根岸 達朗

ライター/発酵おじさん/欲望と妄想(フリーペーパー)

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