年商1億7千万円まで成長した小さなパン屋の「無理しない美学」とは?


(※写真提供:パンと日用品の店 わざわざ)

長野県の東側に位置する東御市・御牧原(とうみし・みまきはら)台地。
トラクターとすれ違いながら急な坂道をくねくねと上る、決してアクセスが良いとはいえないこの場所に、週末になると県内外からたくさんの人が訪れます。彼らのお目当ては、一軒のお店です。

“山の上に店があることから、通りすがりで来る事はまずあり得ません。(店名は)わざわざ足を運んで頂いてありがとうございます。の、〈わざわざ〉から取りました。”(「わざわざ」ウェブページより引用)

『パンと日用品の店 わざわざ』(以下、わざわざ)がオープンしたのは2009年のことでした。
店主の平田はる香さんは、旦那さんの仕事の都合で長野県にIターンした後、御牧原に惚れこんで永住を決意。そして、この店をオープンしました。


(写真提供:パンと日用品の店 わざわざ)


現在、わざわざで販売しているパンはカンパーニュと食パンの2種類のみ(写真提供:パンと日用品の店 わざわざ)

わざわざの店内では、直感的にいいものだとわかる日用品と、ふんわり小麦の香るパンが出迎えてくれます。

商品を手にとって吟味しながら時間を過ごしたくなる素敵な空間。しかし、平田さんが手がけているのは決して単なる「ゆっくり、のんびり、趣味の店」ではありません。

わざわざの2017年の年商は、オンライン販売と実店舗を合わせて1億7000万円。初年度である2010年の年商200万円から着実に業績を伸ばしつつ、独自の経営に取り組んでいます。

平田さんが常に心がけているのは『スケルトン経営』。それは、日常的な店内の様子から自社商品の製造過程、日々の経営の苦悩や喜びまで、ウェブやSNS、自費出版の本を通じてオープンにするスタイルのことです。


平田さんがウェブページで書き連ねてきた働き方の方針、経営者としての考えをまとめて自費出版した『わざわざの働きかた』。会社の採用エントリー時の課題図書にも設定されている(写真提供:パンと日用品の店 わざわざ)

良いものをしっかりとお客さんに届けるだけでなく、働く人や地域に還元することを大切にする。
そのために、すべてを包み隠さずオープンにし、「無理をしない」を心がける。多くのファンを生み出している平田さんの経営術について伺いました。


プロフィール
平田はる香
株式会社わざわざ代表取締役。1976年生まれ、東京生まれ、静岡育ち、長野県在住。フリーのWebデザイナーを経て、夫の転勤を機に長野県に移住した。趣味だったパンづくりと、自分の好きなものを集めた店を開きたいと思い、2009年に『パンと日用品の店 わざわざ』を開業。個人事業主として実店舗とオンラインストアを運営し、2017年3月1日より株式会社に組織変更した。

経営をオープンソース化すること

こんにちは。事前に『わざわざの働きかた』を読んできたのですが、聞きたい答えが本の中にすべて書いてある気がして……。

遠慮せずになんでも聞いてください。本を出したのがちょうど1年前で、考え方や今やっていることと変わった部分もあるので。アップデートした部分もそのつど、SNSやウェブページで外に言っちゃってるんですけどね。



お店の公式ツイッターアカウント(つぶやきは平田さん)より

私もわざわざさんのSNSをフォローしているのですが、本当になんでも書いていらっしゃいますよね。

そうですね。日々経営していて感じることも年商も全部、公表しています。下手したら社員に言うよりも先にツイッターに書いちゃってるかも(笑)。

だから、SNSを見てくださっている方には「平田さんの思いが包み隠さず書いてあって、自分もわざわざの一員になったような臨場感がある」とはよく言われますね。

それ、すごくわかります! 読んでいると一緒にわざわざをつくっている仲間のように思えるというか。『わざわざの働きかた』にも、赤裸々なくらいにすべてが書かれていますよね。

わたしの考えも、わざわざでの働き方も全部載せているので、採用後のギャップが生まれにくいんです。書いてあることに共鳴できた人にだけ、エントリーしてもらえるので。

ここまですべてをオープンにしている会社はなかなかないと思うのですが、平田さんはなぜ「スケルトン経営」を始めたんですか?

私はインターネットの「オープンソース(※1)」の概念がとても好きで。手の内をすべてオープンにすることで、きっと良いことが起きるんじゃないかっていう気持ちがあるんです。

※オープンソース……コンピュータのソフトウェアを構成するプログラム内容を外部に公開し、ユーザーがライセンス(使用許可条件)のもと、利用・改造・再配布を自由にできること。

でも、すべて明かすことって怖くないですか。特にすれ違う人がみな知り合いのような田舎で店をやっていることもありますし……。

怖いと感じたことはないですね。むしろ、地域のおじさんも意外とSNSやウェブページを読んでくれているからすごい楽なんです!


「パンづくり部(パン製造)」「おとどけ部(出荷)」、「おみせ部(実店舗、オンラインストアの運営)」、「ものづくり部(企画・開発)」などの現在7部門に分かれて働くわざわざのスタッフ。社員とアルバイト合わせて12名が在籍(写真提供:パンと日用品の店 わざわざ)

楽というのは?

初めて会った時でも、向こうに事前情報が入っているから何にも説明しなくていいんです。だから、出会ってすぐ密なコミュニケーションがとれます。

それに、お店の作り方や経営方法がすべてウェブ上で見られるわけですから。もしかしたら「自分でもわざわざみたいに店をつくりたい」ってチャレンジする若者が地域に出てくるかもしれないですよね。

さらに地域にお店ができたら、住環境が良くなって移住してくる人が増えるかもしれない。そんな風に、「スケルトン経営」できっといい流れが生まれるんじゃないかと思っているんです。

お客さんへのプラス面を準備してから「辞める」選択を


小麦粉、塩、水とシンプルな材料の「みまきカンパーニュ(1080円)」(素材提供:パンと日用品の店 わざわざ)

本の中で「当初は25種類あったパンを2種類に減らした」と書かれていましたよね。思い切った舵取りのようにも思えるのですが……?

わざわざの基本スタンスは「無理をしないこと」です。うちはコンビニじゃないので、お客さんの要望に100%答えることはできません。だから、得意な分野は他のお店に任せようと思って。

例えば、減らしたパンの中に人気商品だったベーグルがあります。始めは周りで販売しているのがうちだけで、ベーグル目当てで来店するお客さんも多くて。でも、近くにベーグル専門店ができてからは、うちに来たお客さんに「専門店があるからそちらに買いに行ったほうがいいですよ」とおすすめするようになりました。

商売としてはかなり大胆な……! でも、他のお店のお客さんが増えることで地域としては活気が生まれますね。

そうですね。もちろん「こんな商品も売って欲しい!」という声をいただけることは嬉しいですよ。でも、自分たちの力が不足しているのに無理して商品の種類を増やすことは質を下げることに繋がりますし、スタッフにも負担がかかります。

だから、何かを辞めようと思う時って、たいてい無理をし始めた時なんですよね。

なるほど。

ただ、「辞める」という選択はお客さんにとってマイナスに感じられることが多いですよね。だから、辞めることによって生まれるプラスの面をちゃんと提示できるようにしています。

「パンの品数を減らした分、2種類は必ず品切れにならないよう在庫を確保できます」とか「喫茶スペースをなくすけど、営業日を増やします」のような。そうすることで、お客さんにも納得感が生まれると思うんです。

取り扱う日用品の9割以上は自分たちが実際使っているもの

最近、「暮らしをよくする」がテーマだったり「シンプルな暮らし」を提案したりするライフスタイルショップを目にする機会が増えてきている気がして。わざわざでは日用品も扱っていますが、他の店との差別化はどのように行っていますか?

うちは「ライフスタイルショップ」という意識はないんです。「私が好きなものはこんなに素晴らしいんですよ!」と言えるようなお店を開いたら、その感じが時代の流れとたまたま合ったというか。だから、これといった差別化は考えていません。

そうなんですね!

わざわざらしさがあるとすれば、基本的に私やスタッフが使ったり食べたりして「よい」と感じたものだけを扱っていることでしょうか。商品の9割以上は実際に私たちが使ったことのあるものなので、ウェブでも対面でもちゃんと商品の説明をした上で販売できるんです。

わざわざのウェブページにある『オリーブのカッティングボード(9180円)』の説明文。同じ商品をわざわざの厨房で使用し、その経年変化の様子を紹介している

確かに、平田さんやスタッフの方のもの選びが素晴らしく、「わざわざの日常と同じ商品を使いたい!」という気持ちになります。

うちが扱っている商品は特別なものではないので、他のお店で買うこともできます。ただ、同じものでも、実際に売る人が使い勝手を知っていて、良さをしっかりと伝えることができるからお客さんが買ってくれることは多いんです。

常連さんの中には「本当はネットでも買えるけど、お店で買いたい」と開店時間前から待ってくれる方もいて。そんな風に「買うお店」として選んでくれるお客さんがいるのが本当に嬉しいですね。

オリジナル商品の開発も、そういったお客さんのニーズがあっての取り組みですか?

オリジナル商品は「私が欲しいと思っているけど、この世にないもの」をつくっているイメージです。

例えば以前、私が大好きでうちでも取り扱っていた靴下が、1年で1000円近く値上がりしてしまったんです。いい商品だけれど手が伸ばしづらい値段になってしまって……。これはお客さんにも売れないなと感じ、いっそ納得のいく靴下を、一から自分たちで作ってみようと思ったんです。


(写真提供:パンと日用品の店 わざわざ)


“湯たんぽを履いているように足元がポカポカ”という靴下は、デザインもかわいい。(写真提供:パンと日用品の店 わざわざ)

そこで靴下の工場を探したところ、大手スポーツメーカーの商品をつくっている長野県内の「タイコー」という会社を紹介してもらいました。ただ、始めは「小ロットでオリジナル商品をつくることは難しい」と先方から言われてしまい、それがとてもショックで。

でも諦められず、なんとか話だけでもと専務の方に1時間だけいただき、プレゼンをさせてもらったんです。すると熱意が伝わり、「100でも50でも、好きなロットでつくっていいよ」と言ってもらうことができました。

良い靴下をつくりたいという気持ちが届いたんですね!

想いひとつで、大きな企業とものづくりができるんだと感動しましたね。

しかし、工場見学をさせていただき制作過程を知る中で、小ロットの生産は相手にとても負担をかけることだとわかったんです。だから、腹をくくって最初から約600足を発注しました。

600足!売り切るのが大変そう…。

それが、一ヶ月経たずに完売したんです。

するとタイコーの社長さんが「3000円以上する靴下を1ヶ月で売り切るなんて信じられない」と、それからすごく良くしてくださって(笑)。今では1年間で1万足以上つくっている状況です。

売れるにつれて発注量をどんどん増やしていますが、本当に売り切れる適正量なのかがわからずチャレンジしている部分もあります。だからこそちゃんと売っていけるよう、お客さんに商品の価値を伝えていく方法を日々考えていますね。

クラウドファンディングは意外と根付いていないかもしれない

扱う商品も増えているということで、新しい倉庫の改修費用のためのクラウドファンディングに取り組まれているんですよね。

はい、倉庫が手狭になっていたんですが、いい場所が見つかって。ただ、SNSでクラウドファンディングについて投稿したところ、ふだんの投稿に比べて著しく反応が悪くて……。

そこで、もしかしたらクラウドファンディングというもの自体が、日本にあまり根付いていないのでは?と思ったんです。それと正直なところ「使う時期が遅すぎたかな」と。

使う時期が遅すぎた、とは?

クラウドファンディングを知っている人にとっても、開業ほやほやのスタートアップのための「資金調達の手段」というイメージが強いのかなと感じていて。ある程度成熟したお店がクラウドファンディングを使うことは、まだリスキーなのかもしれません。

私自身としては、過去に「プロジェクトを応援したい」という気持ちから、クラウドファンディングを何度か支援したことがあります。だから、自分の中でクラウドファンディングは「みんなの気持ちを集める元気玉」という感覚でした。


改装工事のボランティアをウェブページで募集。近所の方や、わざわざで働きたい大学生や様々な職種の方など、延べ40名ほどが参加してくれたそう。(写真提供:パンと日用品の店 わざわざ)

資金調達というよりも、募金に近いような。

そうですね、クラウドファンディングの本質は募金に近いのかなと思っています。

ただ、受け手側のとらえ方は、本当に様々で。ツイッターで今回のプロジェクトに対してどう感じているかアンケートをとってみたところ、「直接寄付したい」から「金の亡者だ!」というバッシング、「そもそもクラウドファンディングってなに?」という疑問まで色んな声が返ってきたので、難しさは感じていますね。

「支援したいけどクレジットカードを持っていない」という声もあったので、そうした人向けに、店内に募金箱を置いてみています。とにかく少しずつお客さんと間合いを詰めながら、じわじわと集めているところですよ(笑)。

頑張ってください…! 会社の規模も徐々に大きくなっていますが、わざわざさんとして目指していることは何なのでしょうか?

それは「日常から幸せをつくること」です。お店を今後も続けていくためには、利益を出していくことが必要ですが、それが目標ではないんですよね。

私たちは人生の半分くらいの時間、仕事をしています。それなのに、仕事にストレスを抱えているっていうのがすごく嫌なんです。

だから、例えばスタッフが小さな子どもを連れてくることができたり、みんなでまかないを食べられたり、楽しく働けるような環境を作りたいんです。仕事が楽しくなることで、より日常も楽しくなるような会社にしたいですね。

区切り線

ものを買う時代から、共感やストーリーを買う時代へ。

平田さんの話を伺い、改めて買い物の仕方が変わってきていることを実感しました。
ものが溢れているからこそ、私たちはより「誰から買うか」を吟味するようになってきています。

「商品を買う場所がわざわざだったら嬉しい」という平田さんは、今日もわざわざの日常を発信し続けます。

※クラウドファンディングは2/27まで実施中。支援はこちらから!

(パンと日用品の店わざわざ)事業拡張!事務所と倉庫の改装費を集めたい。
  • 目標金額
    3,000,000円
  • 内容
    『パンと日用品の店 わざわざ』が事務所併設の倉庫をつくるため、空き工場(元製麺所)の改装工事費を集めます。

書いた人 : ナカノヒトミ

長野と東京を行き来したり、全国各地を飛び回ったりしています。
休日は日光を浴びずに、漫画喫茶に行きたい。

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