「アスリートにしかできない復興支援を」元Jリーガーの挑戦は続く

2018年9月6日午前3時7分。最大震度7を観測した大きな揺れが初めて北海道を襲った。「北海道胆振東部地震」だ。

この地震により、道内はほぼ全域にわたって停電し、交通機関も麻痺。水道や電気もストップし、熱中症などさまざまな二次災害が懸念された。道内各地の店には食料や電池を買うための長蛇の列ができ、SNS上では給水・給油に関する情報が錯綜した。

そんな中、ひときわ大きな被害に見舞われたのが、北海道湧払郡厚真町(ゆうふつぐん・あつまちょう)。札幌から車で1時間30分ほどの場所に位置し、海・山に囲まれた自然豊かな土地だ。夏にはたくさんの人が訪れるサーフィンスポットにもなる。


厚真町では、全長およそ2km以上にわたる大規模な土砂崩れが発生。例年に比べ降水量が多く、前日に猛威をふるった台風21号の影響もあり、被害は拡大した。大量の土砂はいとも簡単に民家を飲み込み、地震による死者は41名に。自然豊かな厚真町は見るも無残な姿となってしまった。

そして、あれから3ヶ月あまり。

道内の公共交通機関やインフラも復旧。時おり「節電」の文字を見かけるほかは震災被害の報道も減り、身の回りの生活環境はほぼ元どおりになったように見える。

そんな折、震災で甚大な被害を受けた厚真町の子どもたちを招待するスポーツイベント「A-solution 復興支援プロジェクト ~厚真っ子 大集合!~」が札幌で開催されることになった。


「A-solution 復興支援プロジェクト ~厚真っ子 大集合!~」は11月18日、札幌市中島公園内の中島体育センターで開催された

慣れない避難生活を送る子どもたちに体を動かして少しでも笑顔になってもらおうと、厚真町の子どもたち約100名と保護者を招待。札幌の体育館を会場に、野球やサッカー、バレーボールなどの多くのプロ選手が参加し、交流会やスポーツ体験が行われた。

イベントの発起人は、コンサドーレ札幌に所属していた元Jリーガーの曽田雄志(そだ・ゆうし)さん。

「アスリートによる復興支援のプラットフォームをつくりたい」と語り、2011年の東日本大震災(以下、3.11)の直後から被災地での復興支援を続けている。


イベントの発起人・曽田雄志さん

義援金でも物資でもなく、アスリートによる復興支援にこだわる理由とは? 曽田さんに話を聞いた。

プロフィール
曽田雄志
1978年北海道札幌市生まれ。2001年にコンサドーレ札幌へ入団。引退までの9年間、クラブ史上現役最長期間を選手として過ごしたことから「ミスターコンサドーレ」と呼ばれる。2011年の東日本大震災後、「EN project Japan」を立ち上げ被災地の支援活動を行う。現在はコーチや講演会、イベントプロデュースなど様々な分野で活躍中。

突き動かされたきっかけは3.11

曽田さんが復興支援活動を最初に始めたのは、現役引退後の3.11の時だと伺いました。

当時、報道で知る被災地の状況にいてもたってもいられなくなって。予定していた仕事をキャンセルし、すぐに現地に駆けつけて、がれき撤去や側溝の泥かきなどのボランティアをしました。ボランティアにかかる経費も自分で出して、貯金を切り崩しながら活動しましたね。

ただ、僕の住まいは北海道。やりがいは感じたけれど、現地に居続けることができないので、長期間の支援は難しいと感じました。

北海道から東北へ通い続けるのは負担もかなり大きいですよね。

はい。でもひと言に復興支援といっても、義援金のような金銭面の援助など、ほかにも様々な方法があります。そこで、自分の元プロスポーツ選手としてのキャリアを活かし、スポーツの人材・資源を使って長期的な支援活動に取り組もうと「EN project Japan」を立ち上げました。


北海道のアスリート・アーティストが中心となって立ち上げた支援団体「EN project Japan」。チャリティーイベントや募金活動などを行った。写真は2011年4月に札幌駅前地下空間で行われた展示の様子

アスリートは、自分のやってきた種目以外にはほとんど縁を持たないことが多いです。そういう異なるスポーツの壁みたいなものを飛び越えて活動することに意味があると思いました。

そこで、サッカー選手だったキャリアも活かしながら、球団やアスリートに直接連絡を取り、復興支援の理念や目的を説いて協力を仰いでいったんです。

幸い、多くのアスリートが賛同してくれたため、彼らとともに東北へボランティア活動をしに行ったり、北海道でのチャリティーイベントの売り上げを東北へ寄付したりしていました。

そんな中、僕の地元である北海道で大きな地震が発生したんです。

近年、北海道では観光客が右肩上がりに増えていましたが、度重なる余震や風評被害で激減してしまいました。さまざまな要因が考えられますが、北海道の観光が「食」や「自然」に依存しすぎていることもひとつにあるんじゃないかなと。僕は、それ以外の魅力を見出す必要があると感じたんです。

「それ以外の魅力」というのは?

「スポーツ」ですね。「食」や「自然」というわかりやすい魅力に隠れていますが、北海道はたくさんの日本代表・オリンピック級のアスリートを輩出しています。陸上で言えば福島千里選手、ウィンタースポーツで言えば高木美帆選手など、挙げればキリがないほど。サッカーや野球、バスケットなどの地元のプロチームもあります。

今回の震災を受け、地元である北海道のためにできることは何か考えたとき、まず僕がプロスポーツ選手だったということ、そしてEN project Japanで培った経験やネットワークがあることが思い浮かびました。地元のために、北海道のスポーツやアスリートの力を活かそうと強く思ったんです。


「A-solution復興支援プロジェクト」には北海道日本ハムファイターズや北海道コンサドーレ札幌の選手が多く参加した

アスリートによる支援のプラットフォームに

EN project Japanの経験が、今回の震災の支援に活きたことはありますか?

復興支援には強い「思い」が大前提ですが、同時に「お金」もなくては支援は続けられないと3.11の際に痛感しました。そこで、今回はクラウドファンディングに挑戦してみたんです。

個人で活動するだけでは資金やできることに限りがあります。より多くの人を巻き込み、支援の輪を広げたいと考えたんです。

今回のプロジェクトではトップアスリートとの食事会や釣り体験など、珍しいリターンがありましたね。

「モノ」だけでなく「コト」もお礼にしたいと考えたんです。「モノ」はサイン入りのグッズを提供してもらうことで、アスリートによるチャリティに多い形ですね。

でも今回は、食事会や釣り体験などを通じてアスリートと一緒に過ごせる体験(=コト)を用意しました。ファンにとってアスリートと一緒に過ごせるのは、サイン入りのユニフォームをもらうのとは別の嬉しさがあると思うんです。


厚真の子どもたちの前でキャッチボールを披露する日ハム・田中賢介選手

支援の形は、アスリートが自由に選べるんでしょうか?

はい。アスリートによる復興支援には、様々な形があっていいと思うんです。例えば海外でプレーしていて、イベントには参加できないけど資金やサイン入りグッズなら提供できる人もいれば、オフシーズン中で空いた時間でイベントに参加したいという人もいる。

だから、アスリートが自分の提供できる「モノ」「コト」を選んで、支援に関わってもらえる形が理想だったんです。僕たちが架け橋となって、アスリートによる復興支援のプラットフォームを作りたいと考えています。

アスリートにとっての「復興支援」の価値

芸能人やアーティストが復興支援を行う姿も報道などでよく見かけますが、アスリートがスポーツを通じて復興支援をすることに特別な意味はあると感じますか?

意味があるかはさておき、僕は芸術よりスポーツのほうが「わかりやすい」のではないかと思っています。

芸術よりスポーツのほうが万人受けしやすい、ということでしょうか?

そうですね。たとえば、ある曲を聴いて「すごくいい!」という人もいれば「よくわからない」と思う人もいるように、音楽や芸術には感性の違いや聴き手を選ぶジャンルがあると思うんです。

では、例えば目の前でプロ野球選手が150㎞/hの球を投げたら、誰もが「おぉっ!!」と驚くはず。もっと単純な例だと、身長2m越えのバレーボール選手が隣に来たら圧倒されませんか?

たしかに、スポーツには目に見える形でのインパクトがありますね。

それに実績や容姿など目に見える部分だけでなく、アスリートは内面にも素晴らしいものを持っています。日々の練習で培われたアスリートの向上心や献身性、忍耐力などの精神にも価値があると思うんです。

被災地の子どもとアスリートの交流会を企画したのも、子どもたちがアスリートと触れ合うなかで、彼らの精神性から何かを学んでもらえたらという思いもありました。


イベントに協力したVリーグのヴォレアス北海道・古田史郎選手(右)と曽田さん(左)

一方で、僕はアスリートによる復興支援は、アスリート自身の成長にもつながると考えているんです。

例えば「あなたの人格がすばらしいから、イベントにぜひ参加してほしい」と言われたら、きっとアスリートもうれしいですよね。アスリートの側も、精神性を評価され、誰かから必要とされることは自信に繋がると思うんです。

もちろん、協力やお金を集めて復興に繋げることが今回のメインテーマです。ただそれだけではなくて、僕はアスリートと被災者の繋がりも育んでいきたい。そして、僕自身とアスリートの関係も深め、さらにイベントを支援してくれた人との繋がりを作り、この復興支援プロジェクトをさらに大きくしていきたいという思いがあります。

曽田さんにとって、何がその原動力になっているのでしょう?

「責任感」でしょうか。といっても、そんなに大それたものではないですよ。

現代社会では分業・分担が基本で、僕ができることは僕がやるし、僕ができないことは他の誰かがやる、という仕組みで世の中は回っています。だから、復興支援をしているから偉い、してないから偉くない……というわけでもありません。

ただ、仕事や恋愛、友人関係に至るまで「誰かに必要とされること」が人間にとって一番の喜びだと思います。少なくても自分にとってはそうです。

目の前で人が倒れたら、誰でもすぐに助けますよね? 僕の活動は、それくらいのシンプルな感覚で続いています。みんなが今、自分にできることを少しでもいいからやっていけたら、社会はもっと良くなっていくと思うんですよ。

これからも復興支援だけでなく、社会にある様々な課題を解決するために活動していきたいと思っています。今回のイベントの第二弾も計画していますし、道外にも進出していきますので、応援していただけると嬉しいです。

おわりに

会場にアスリートたちが登場すると、いっせいに目が輝き始める子どもたち。大人である私も、一目アスリートを見ようと、気づけば一生懸命背伸びをしていた。

アスリートの体格や身体能力に圧倒されながら、一緒にスポーツを楽しむ子どもたちの姿が強く印象に残っている。曽田さんの語る「スポーツの力」「アスリートの力」を目の前でまじまじと見せつけられた一日だった。

熱しやすく冷めやすい私たちは、被災直後に物資や義援金を送るだけで満足してしまいがちだ。もちろん被災直後の支援は大切だし、必要不可欠である。しかし、被災現場のがれき処理が終わっても、被災者が不自由なく暮らせるようになっても、被災者の心の傷が癒える日まで復興は続く。

日本各地で大きな災害が続く今、長い目で被災地の復興を支援し続ける方法も模索していかなければならない。

アスリートの曽田さんの場合は、自身のキャリアを生かした形での支援だった。さて、私には何ができるだろうか。あなたには、何ができるだろうか。

地震で被災した北海道厚真町の全小学生を札幌に招待してスポーツイベントを開催したい
  • 内容
    北海道胆振東部地震により大きな被害を受け、いまだ避難所生活が続く厚真町の子どもたち。その支援のため、元Jリーガー曽田雄志を発起人に、札幌市で笑顔溢れるスポーツイベントを開催します。
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書いた人 : なかいりよう

1999年生まれ。静岡出身。中学・高校と部活漬けの毎日を過ごす。その後、痔と血尿に悩まされる受験生活をへて、晴れて北海道大学に入学。現在は、学生インタビュアーとして活動中。趣味は、旅行・温泉・スイーツ・演劇。

編集・撮影 : 中西拓郎

1988年生まれ、北海道北見市出身。道東をもっと刺激的にするメディア『1988』代表・編集長。防衛省入省後、2012年に地元北見市へUターン。北海道の東側、道東地域のローカルメディア運営他、企業や商品のブランディング・アートディレクションを手がける。特技は1回会えば友達だと思えること。

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