経営者の孤独/わざわざ・平田はる香「寂しさはそこにあるもの。哀しみはいつか癒えるもの。孤独は逃れられないもの」

たったひとりでリスクをとり、責任をとり、決断をし続ける人々、「経営者」。
彼らを見ているうちにふと気づいたことがある。

それは、わたしの中にも小さな「経営者」がいるということだ。わたしたちはみんな多かれ少なかれ、自分自身の経営者であり、自分の人生という事業を営んでいる。

世の経営者が会社から逃げられないように、わたしたちもまた、自分の人生からは逃げられない。鎧をかぶってこの平坦な戦場を生きぬかないといけない。わたしが経営者に惹かれるのは、きっとそれが拡大化・社会化された存在だからなのだと思う。

東京から、車で3時間。
窓の外を流れる景色からはみるみると建物が減っていき、紅葉に染まりつつある山々の風景が広がっていく。

たどり着いたのは、長野県東御(とうみ)市の御牧原(みまきはら)。
車から降りると、浅間山が一望できた。畑に囲まれたこの地では、ずっと遠くの方まで見やることができる。ゆったりとした風景に思わず伸びをした。秋の冷たい空気が、気持ち良く肺を満たしてく。

そんな風景の中に、「パンと日用品の店 わざわざ」はある。

扉を開けると、スタッフの方が「こんにちは」と明るく出迎えてくれた。そして、
「平田さん、『孤独』の方が来られましたよー」
と大きな声で言ったので、びっくりしてしまった。「孤独の方」。そんなふうに呼ばれていたなんて。

店の奥から、黒いシャツを着たショートカットの女性が笑いながら出てくる。
今回お話をうかがう、株式会社わざわざの代表・平田はる香さんだ。

平田さんは自分のシャツを指さして、
「さっきまで白いシャツを着ていたんですけど、ゴトウさんに『孤独の話するなら黒じゃないですか』って言われて、着替えたんです」
と言った。

ゴトウさんと呼ばれたスタッフの方は「だってそっちの方が『孤独』っぽいじゃないですか」と笑う。彼女はわざわざの初期メンバーで、平田さんといちばん長く働いている方だ。胸の名札には苗字の上に「ベテラン」と添えられてあって、
「平田さんが書いたんですよ」
と言って、恥ずかしそうに笑った。

二階建ての店の中には、パンやスコーンやジャム、食器や靴下や洋服など、たくさんの商品がきれいに陳列されている。そしてそのどれもが、厳選されてここにあるのだということがわかる、凛とした佇まいをしている。

オンラインショップを見たことはあったが、実店舗に来るのは初めてだった。ウェブサイトで見て欲しいと思っていた靴下やバターケースを手に取り、思わずうきうきする。すごくいいお店だな、と思った。じっくりと見てまわりたい、そう思わせるあたたかなお店。
明るい笑い声が響くそんなお店の中で、「孤独」という言葉だけが妙に浮いているように聴こえた。

「倉庫のほうで話しましょうか」
平田さんがそう言って、私たちはお店を後にする。そして、そこから車で10分ほどの倉庫へと向かった。

わざわざのことを知ったのは、平田さんが書いたブログがきっかけだった。
「山の上のパン屋に人が集まるわけ」というタイトルの、わざわざがどのように成長してきたのかが書かれた記事だ。プラットフォーム、コンテンツ、会社組織など、これまで平田さんが試行錯誤してきたことが惜しみなく公開されている。

平田さんは、2009年にひとりでお店を立ち上げた。その後、2017年に「株式会社わざわざ」として法人化。現在は14名のスタッフが働いているという。

わざわざがあるのは、決してアクセスがいいと言える場所ではない。車でしか来れない場所にあるし、開店しているのも木金土の週3日間だけ。取り扱っているのはもちろん、名前の通り「パンと日用品」のみだ。

だけど、わざわざはオンラインストアと合わせて年商1億7500万円という、驚異的な数字を叩き出している。どのようにしてここまで成長できたのか? それを平田さんは洗いざらいインターネットに公開してきた。2017年にはそれらをまとめた『わざわざの働きかた』という本を自費出版し販売。現在はその本が、わざわざのリクルートの際の課題図書となっている。

オンラインショップを覗いたら、写真がきれいで驚いた。商品が丁寧に紹介されていて、読んでいるとどれも欲しくなる。

続けてSNSもフォローしたら、商品だけでなく、平田さんの言葉にも触れられるようになった。
彼女の言葉は正直で、誠実で、理路整然としている。それなのにどこかエモーショナルで、わたしはその絶妙なバランス感がなぜか気になり、徐々に惹かれていった。

ある日、平田さんのInstagramで、こんなことが書かれてあるのを見かけた。

「私が人間的に問題があるのは、みなさんもご存知の通りですが、子育てに対しても本当にわたしは酷い人間です。どう酷いかと言うと、子供の遊びに全く興味がないため、一緒に遊ぶことがまず不可能です。水族館も動物園も遊園地も全く興味がないので、いつも順番取りと荷物番が役目です」

そう書かれてある投稿には、平田さんの横顔の写真があげられていた。
小学生の娘さんが、平田さんのカメラを使って撮ったのだという。
その横顔を見て、なぜ自分が平田さんに惹かれるのか、なんとなくわかった気がした。

平田さんは、女性である。
だけど「女性」という要素が「経営者」という要素に影響を及ぼしていない。その感じがとても珍しく、ずっと不思議だったのだ。

「女性」という要素は、好む好まないに関わらず、良い悪いに関わらず、まるで浸透性の高い色水のようだと思う。仕事をするにしても、創作をするにしても、「女性」という要素が女性自身の活動に影響を及ぼすことが多々ある。

さらにそこに「母親」や「妻」という要素が入ってくると、ますますその色水は濃く、粘度を増していく。それがモチベーションになることもあれば、ストッパーになることもあり、「女性」という要素は実に一筋縄ではいかない。

それが、平田さんにはあまり感じられなかった。
彼女自身「妻」であり「母親」でもあるが、それらの要素も「経営者」という要素に影響を与えているとは感じられない。
それがわたしには、とても不思議だった。

おそらく自分と重ね合わせて見ていたのだと思う。
同じ「女性」であり、「妻」や「母親」でもあるわたしにとって、彼女の在り方はとても新しいように思えた。彼女はそれらから解き放たれているのだろうか。それとも切り替えているのだろうか……わたしの関心ごとは、平田はる香さんという女性がどのように会社という「作品」をつくっているのか? なのだった。

そこで孤独を感じることはあるのだろうか?
あるとすれば、それは「女性」であるということと何か関連するのだろうか?
そして彼女は、どのようにその孤独と付き合っているのだろうか?

そんなふうに私が言うと、平田さんは、
「孤独の話するの、こわいなぁ」
と笑いながら、丁寧にお茶を淹れてくれた。
美しい食器、流れるような所作、甘くかぐわしいお茶。

「でも、何でも聞いてくださって大丈夫ですよ」
そしてそう言って、にっこりと笑ったのだった。

プロフィール
平田はる香
1976年東京生まれ静岡育ち。株式会社わざわざ代表。フリーランスのWEBデザイナーを経て、2009年2月、パンと日用品の店「わざわざ」を一人で開業。実店舗とオンラインストアを運営し、2017年に株式会社に組織変更。「全ては誰かの幸せのために」を基本理念に掲げ、現在は14名のスタッフとともに働いている。

50歳までにわざわざを引退して、自分を生きたい

土門

スタッフも増え、売り上げも伸び、今まさにわざわざは成長期真っ只中だと思うのですが、平田さんが今、課題に思っていることってありますか?

平田

今の課題は、「自分がいかにいなくなるか」ですね。わざわざを私なしでいかにまわすか、ということです。

土門

「自分がいかにいなくなるか」?

平田

はい。最初はパンを焼いてそれを売ってと、全部自分ひとりでやっていました。でも人が増え、場所も大きくなり、製造、販売、出荷、倉庫管理……次々と自分の手から仕事を放せるようになっていきました。これからもそれを続けていって、いつか経営も私なしでまわせるようにしたいと思っているんです。そしていずれは「自由意志でみんなが勝手に動いた結果、ちゃんとわざわざっぽくなっていく」というかたちにしたいんですよ。

土門

平田さんなしでもわざわざっぽくなるように……でも、平田さんはわざわざから離れてどうされるんですか?

平田

辞めちゃうってことですね(笑)。引退します。

土門

えっ!? 本当ですか。

平田

その準備は早急にやりたくて。今わたし42歳なんですけど、50歳頃までには引退したいって思っているんです。最善だと50歳、最悪でも55歳には。そのために今、猛烈に働いているっていう状況ですね。

土門

まさか「引退」という言葉が出ると思わなかったのでびっくりしました。あの、その理由を聞いてもいいでしょうか。

平田

人生80年だとしたら、今折り返し地点ですよね。あと半分しかない。仕事に明け暮れている時間も充実して良いんですけど、「会社にいる自分」が「人間としての自分の主」ではないな、というのはずっと思っているんです。わざわざには、代表取締役としての役割を果たすためにいる。でも、それが本当にやりたいことかと問われると、違うんですよね。もちろん今は確かにやりたいことではあるんですが、人生を通してやりたいことではない。だから、いち早くそこのフェーズを誰かに譲って、自分を生きたいって思っているんです。

土門

その、自分を生き始めた平田さんは、何をし始めるんでしょうか。

平田

仙人になろうと思ってます(笑)。

土門

仙人!

平田

山にこもってひとりで暮らしたいです。もう、誰とも会いたくないんですよ。

土門

そうなんですか……。

平田

それは、夫にも結婚したときからずっと言っているんです。「晩年は家を出てひとり暮らしをしたい」って。そしたら彼、「俺は?」って言っていました(笑)。

土門

うーん、そうなりますよね。それで平田さんは?

平田

「あなたはいない。ひとりで暮らす。だけど遊びには来ていいよ」って伝えましたよ。やっぱり、はじめは理解されなかったですね。だけど20年くらい一緒にいて、やっと今年納得してもらえました。それでついにひとり暮らしをしようかなと。

土門

その「ひとり暮らしをしたい」というのはいつごろから考えていたんでしょう。

平田

ずっと前からですね。結婚をする前にひとり暮らしをしていたんですけど、すごい充実していたんですよ。でも、誰かと一緒に住み始めると、自然と自分を誰かに合わせていきますよね。それでだんだん「家族のルール」ができていって、そこに迎合していくようになる。いつの間にか、誰かと過ごすための自分になっていくんですね。だけど、いつかはひとり死んでいくわけですから、死んでいく最中でもう一度ひとりになりたいっていう願望が、昔からずっとあったんです。死ぬ前に、自分と向き合う時間が欲しいんですよね。

平田さんに会う前は、背が高くてかっちりとした見た目の方なのだろうと思っていた。ロジカルで強く刺さるような文章を書く方だから、そういうイメージがあったのだと思う。
だけど、実際にお会いした平田さんは想像よりも小柄で線が細く、柔らかな感じの方だった。よく笑い、透き通るような声で話す。

だけど、そこで話される言葉は強く芯が通っているようで、ああ、やっぱり「経営者」なのだな、と思う。
序盤で「引退」という言葉が出てきて驚いてしまったが、平田さんが言うならそうなのだろうと、納得させられる強さがある。

「いつかはひとりで死んでいくわけですから、死んでいく最中でもう一度ひとりになりたい」
決して気負うでもなく、照れるでもなく、淡々と当たり前のことを話すように、平田さんはそう言った。

「わざわざ分人」と「ひとりきりの自分」を行ったり来たりしてる

土門

「誰かと過ごすための自分」という言葉を聞いて思い出したんですけど、以前、平田さんはブログで「分人」の話を書かれていたことがありますよね。そこで紹介されていた平野啓一郎さんの『私とは何かーー「個人」から「分人」へ』も読みました。

平田

わっ、そうなんですか。嬉しい。あの本、おもしろいですよね。

土門

はい、すごくおもしろかったです。あの本では「個人」をより細分化した最小単位として「分人」という概念をあげていますよね。自分の中には、恋人との分人、友人との分人、家庭での分人、職場での分人……と、接する相手によって違う顔を見せる自分が存在する。その「分人」の総体が「私」である、と。平田さんは「この本を読んで、本当に心が楽になった」と書かれていましたね。「自分自身」と「わざわざ」を切り離すことができて楽になったと。

平田

そう、「分人」っていう考え方を読んだときに、「これだ!」と思ったんですよね。それで、気持ちの整理がつくようになりました。
私ね、法人化するまでずっと「わざわざさん」って呼ばれていたんですよ。

土門

わざわざさん?

平田

そうです。最初はひとりで立ち上げて、個人事業主としてやってきていたので、「私=わざわざ」だったんですね。でも順調に売り上げが伸びていって、税金や社会的信用のことを考えたときに、法人化しようっていう時期が来たんですよ。そのときに税理士さんから「法人と個人は人格が違うんですよ」って言われたんです。

土門

「人格が違う」……。

平田

「創業1年目としてリスタートするので、過去のうなぎ登りだった実績が一切消えて、別の人格になります」と。でも、ここまでやってきたのは自分じゃないですか。だからどうも理解できなかったんですよね。だけど、実際に法人化したら税理士さんの言うことがだんだんわかってきたんです。まず、お財布が違う。個人事業主のときは「会社の財布=自分の財布」だったけど、法人化後は役員報酬というかたちでわざわざからお給料をもらうことになります。また、事業資金に全部自分のお金を投入していたのが、法人化後はわざわざが私から借金をしていることになる。そうしてくうち、だんだんと「会社と自分は違うんだ」ってことが理解できてきました。さらに、スタッフもどっと多く入ってきて、「わざわざさん」がいっぱいいる状態になった。それを見て、「自分は引かないといけないな」と思いました。「『わざわざさん』は私じゃないんだ、みんなが『わざわざさん』なんだ」と。

土門

なるほど。

平田

それで、できるだけ自分を消そうと思ったんです。「平田さんの店」っていうイメージを消して、「みんなの店」にしていくのが法人としてやるべきことなんだなって。ちょうどそのときに平野さんの本を読んだんです。「分人」っていう概念を法人に使えば、自分の中できちんと割り切れると思いました。それからはうまく切り替えられるようになりましたね。

土門

最近はよく外に出てトークイベントでお話をされたりしていますが、それも分人の平田さんですか?

平田

そうそう、あれは「わざわざ分人」。本当はひとりでいるのが好きだし、人見知りなんですよ。だから、本来やりたいことではないんです(笑)。
だけどわざわざのためになるのが喜びだから楽しめるし、全然嫌じゃない。人前で話すことも交流することも、わざわざのためだったら全然できます。

土門

でも、それでいっぱいになってしまうと……。

平田

そうなると死んでしまいますね(笑)。だから、「わざわざ分人」と「ひとりきりの自分」を行ったり来たりしてるんです。出張はできるだけ詰めて行って、家に帰ったらもぬけのから。ずーっと寝てます。誰とも喋らないで。そうしてまた「わざわざ分人」に帰っていく、の繰り返しです。

土門

だけど、50歳を過ぎたら「わざわざ分人」は切り離すんですね。

平田

切り離して、ただの「平田さん」になります。

土門

ひとつだけ気になってたんですけど、「母親分人」や「妻分人」はいないのですか?

平田

それは、いないですね。

土門

いないんですね!

平田

ゼロですね。このあいだ娘に「出張ばっかりで時々しか会えなくてごめんね」って言ったら、「え? 自分のこと、お母さんだと思ってるの?」って言われました。「うちはお父さんがお母さんで、お母さんがお父さんでしょう」って。

土門

へえー。

平田

私は全然母親らしくないと思います。そもそも私の中に「お母さんフォーマット」がないので。私自身、母親がいないんですよ。0歳のときに親が離婚していて、父と祖母と兄の4人で暮らしてきたんです。だから「お母さんとはこういうものだ」「妻とはこういうものだ」という概念もないんですよね。母親とか妻とかいうものを、家庭で見てきていないので。だから夫の実家に遊びに行ったときは衝撃的でした。『サザエさん』みたいな家庭って本当にあるんだ!って。うちは個人が集まった集団みたいな感覚だったので、そういう家族の団欒を見たのは初めてだったんですよね。

土門

だから「母親分人」も「妻分人」もいない。

平田

そういうことです。

土門

では家族に対しては、「母親」や「妻」というよりも個人の「平田はる香」さんとして接している感じでしょうか。

平田

そうですね。だから、割とほったらかし(笑)。だけど、それはそれでいいかなと思うんです。私自身も娘のことは個人として見ているので、自分の意志で決定してもらっているし、そうするとすごくしっかりするんですよね。無理して母親らしく関わるよりも、健全な人格形成がなされていいのかなとは思います。

土門

じゃあ、母親として妻として、家族のために仕事をセーブしなきゃ、みたいな気持ちもあまりないですか?

平田

まったくないです。邪魔されるときには「今仕事してるから邪魔しないで」って一刀両断ですね。

土門

でも、『わざわざの働きかた』には、そもそもの立ち上げのきっかけは、「家族と一緒にいたい」という気持ちだった……と書かれてあったのですが、それは今はどうでしょう?

平田

えっ、そんなこと書いてました? それ、忘れちゃってるな(笑)。最初はそうだったんでしょうね。でも、今はその気持ちは変わってきていますね。ひとりに戻りたい。

土門

それは、どうしてなんでしょうか。

平田

やっぱり法人化したことが大きいんじゃないですかね。わざわざは今、事業規模が大きくなっていっていて、言うなれば上昇していっているんです。それって、とても恵まれた環境だなって思うんですよ。自分たちで作り上げていった結果なのかもしれないけれど、事業を始めた人全員が全員伸びるってことはないですよね。倒産していく会社も多い中で、「伸びさせてもらっている」という意識があるんです。それなのに全力で取り組まないって失礼な話だし、ナンセンスだと思うんですよね。良い状況にいさせてもらっているのに、「家にいたい」「子供といたい」なんて思ってはいけないんじゃないかと。やりたくてもやれない人がいる中で、この気力体力ある40代前半の内に「やれる」という特権を得られているわけだから。この幸せを、家族のためだけじゃなくてもっと多くの人に使いたいっていう気持ちに変わっていってしまっているんですね、きっと。

土門

なるほど。

平田

周りの人の期待も、そういうところにあるんだと思うんですよ。「平田さんの活躍をいつも見ていますよ」ってお声をいただくと、「もっと頑張らないと」って思う。だから、24時間のうち起きている時間は仕事に全力を尽くしたいんです。……それを、今年の始めに夫に言いました。「すみません、仕事以外しないでいいですか?」って。そうしたら夫は「それ以外全部僕がやります」って言ってくれて。

土門

ああ、そう言ってくださったんですか。

平田

夫もわたしも、20年の付き合いの中で、自分と相手の得意なことを認識しているんです。彼は几帳面で細かいことが得意な人なので、家庭でも会社でもそういう役割分担をしようってふたりで決めました。だから今は、夫が家事や育児は担当してくれていて、会社でも事務方をしてくれています。だけど、「ひとり暮らしをしたい」ということに対しては、やっぱり心から理解されているとは言えないですね。しかたなく許容してくれてはいるけれど、理解はされていない。育ってきた家庭環境が違うので、「家族」という概念で見ている夫と、「個人」という概念で見ている私では、考え方がそもそも違うんですよね。「ひとりの部屋に行ってしまったら、行ったままになってしまうのではないか」と心配されているので、最初はあまり行かないほうがいいのかなっていうのは、思います。

『わざわざの働きかた』には、こんなことが書かれてあった。
とても良い仕事の話が来たけれど、平田さんは断った。もったいない、といろんな人から言われたそうだが、その理由として平田さんは「お母さんだから」と答えたのだという。

「平田さんらしいと言われましたがやっぱり経営者である前にどうしてもお母さんが出てきます。家族以外を優先してやる意味がわからないのです。家族と一緒にいたいからこの仕事を選んだのです」(『わざわざの働きかた』より)

「ああ、だからこの間のイベントで『どっちが本当の平田さんなんですか』って聞かれたんだ」
そう笑う平田さんも、この文章を書いていた平田さんも、どちらもわたしには「本当の平田さん」のように思う。

かつては、平田さんの中の「母親」や「妻」としての要素が、わざわざを大きくしていくモチベーションになっていた。フォーマットや概念以前の問題で、家族と一緒にいたいという平田さんがいたこと。それは事実だと思う。

だから、平田さんが変わったというよりも、「わざわざ」が変わっていったのだろう。
最初はひとりだけの小さなお店だったのが、今ではスタッフを10名以上雇って2億円近くもの売り上げを出す会社になった。店が改装するたび、取引先もお客さんも、ずっと増えたに違いない。

「わざわざ」はどんどん大きくなり、それを内包している平田さんもどんどん大きくなっていった。そして「わざわざ」は、平田さんの中から出ていった。平田さんとは別人格を持った「法人」として。

大きくなった「わざわざ」を受け止めるためには、同じ大きさのあるわざわざ用の「分人」が必要だった。そしてその「わざわざ分人」の大きさに負けないほどの、「ひとりきりの自分」もまた、必要になった。そうでないと呑まれてしまうから。

親から子供が独立していくときも、こんな感じなんだろうか。
ふと、わたしは自分の子供のことを思った。日々様々な言葉や遊びを覚え、友達をつくり、からだを大きくさせていく子供のことを。

自分なしでは生きていけなかった子供が、少しずつ成長し、自立していく。そのうちわたしの手の中に収まりきれなくなった子供は外に出て、新しく自分で世界を作り始めるだろう。
そのとき、子供が変わっているように、親もまた変わっていなくてはならない。
それまで子供が埋めていた容積分、自分の中に違う何かが必要になるからだ。

平田さんにとっては、おそらくそれが「ひとりきりの自分」だったのではないのかな、と思った。
そのはざまを揺れ動く平田さんはとても強く、それでいて、なんだか危うく見えた。

「平田さん、鉄の心臓になってください」

土門

平田さんがわざわざを経営している中で、いちばんストレスに感じるのってどんなことですか?

平田

やっぱり、「人」じゃないですかね。スタッフさんもそうだし、夫も、取引先の方もそうだし、事業ってすべてにおいて人が介在してきますよね。でも、物とちがって人は思い通りには動かないので、それがストレスに感じることはやっぱりあります。ただ、私は結構関係を割り切っているので、わざわざのためにならないとわかったら、長い期間付き合っていた相手であったとしても、二度と付き合わないって一瞬で切り替えられるんですよ。わざわざのためにならない付き合いはしないって、決めているから。

土門

なるほど……。

平田

ただそれは、その人のことを嫌いになったとかいうのではないんです。取引をすべきでないと判断しただけ。だから、私の中では人間関係が悪くなったわけではないんですよね。先方はそうも思えないと思いますが。

土門

それは、スタッフさんに対してもそうですか?

平田

そうです。もし「退職したい」と言ってきたとしても、一言目は「いつにする?」ですね。それしか言わないです。絶対引き止めないですね。

土門

例えばさきほどいらした、ゴトウさんでもそうですか。

平田

えっ、ゴトウさん!? それは困りますね(笑)。それは困るなぁ……。ゴトウさんの場合は、感情がこもるんじゃないですか。スタッフがいなかった時期から、6年間一緒にやってきているわけですから。やっぱり築いてきた関係が違いますよね。……でも、もしそうなってもしょうがないって思うんでしょうね。だからって「辞めないでくれ」って言えないですもん、彼女の人生なので。それを無理にひきとめて、自分のやりたいことに付き合わせるのは、あまりにも傲慢だと思うし。多分、傷つきはするけれど、しょうがないと思って受け入れられる自信はあります。

土門

それはやはり、「わざわざ」ありきの人間関係だから。

平田

そうです。ゴトウさんもそう。しかたないです。受け入れます。

土門

「わざわざ分人」として受け入れる……。

平田

はい。わざわざに関してのことは、分人化しているのでいけますね。かなり経験積んでいるので、相当ぶん殴られないと傷つかないです。強くなっていってますね、ハートが。

土門

「分人」というのは、むやみに傷つかないための手法なんですね。

平田

そうそう。「分人」だと思い込むことで「大丈夫だ」って暗示をかけるというか。そういうのはありますよね。

土門

それはきっと、そういうふうに強くならざるをえなかったってことですよね。

平田

ですね。これまでにスタッフさんが辞めたり、取引先とトラブルになるたびに、ゴトウさんに言われました。「平田さん、鉄の心臓になってください」「平田さん、鉄の心臓になってください」って。そのたび、「はい、鉄の心臓になります」って言い続けて。

土門

ああ、ゴトウさんの存在はやっぱりすごいですね……。

平田

彼女がそう言い続けてくれなかったら、鉄の心臓はできあがらなかったかもしれないですね。彼女には本当に支えてもらってきたし、戦友だと思っています。

これまでどんな質問にも理路整然と答えてきた平田さんが、ゴトウさんの名前が出たときに急に表情を変えたのが印象的だった。ああ、本当に特別な存在なのだな、と思う。

ゴトウさんはわざわざができて3年目の2012年から、ずっと平田さんと働いている。
平田さんが第二子を妊娠した際には、ゴトウさんのお腹にも赤ちゃんがいて、予定日がなんと1日違い。ふたりして乳飲み子を抱えながら、わざわざを切り盛りしていった。意見がぶつかって時にはけんかをすることもあったが、ピンチのときもずっと一緒だった。

「平田さん、鉄の心臓になってください」
ゴトウさんの言葉は、それこそ暗示みたいに平田さんの心を強くしたのかもしれない。
そんなふうにずっとそばで支えてくれた人が、もしも辞めたら……。とても意地の悪い質問だったと思う。だけど、ここでゴトウさんの話は聞かないわけにはいかなかった。

平田さんは「受け入れる」と言った。困った顔をしながらも、笑いながら。
「多分、傷つきはするけれど、しょうがないと思って受け入れられる自信はあります」

その表情に、プライベートな平田さんの顔が覗いた気がした。
「鉄の心臓」でもまぬがれられない傷は、やっぱりどうしたってあるのだ。そしてその傷は、きっとプライベートな平田さんが請け負っていく。

お茶は冷たくなり、外は暗くなってきた。
わたしは平田さんの「孤独」について、話をうかがうことにした。

わざわざ的によいことではないことは、誰にも言えない。

土門

平田さんは、孤独を感じることはありますか?

平田

ありますよー、それは。

土門

それは、どういうときでしょう。

平田

うーーん。何だろう……。やっぱり誰にも相談できないですからね。

土門

悩み相談、しないですか。

平田

しないです。まったく人に相談しないですね。そもそも、「悩む」こと自体がないな、って思っているんです。事業を行う上で、「考える」ことはあるけど、「悩む」ってことはない。だって、問題が起きて、それを解決していくだけですから。答えにたどり着く道を探しているのは「考える」であって、「悩む」ではないですね。だから、そこで孤独は感じないです。

土門

なるほど。

平田

一方で「悩む」っていうのは、答えのない問題に遭遇しているときですよね。それは人の感情とか、私には解決できないものなんです。例えば、ゴトウさんが辞めちゃうなんていうのは、私にはどうしようもできない。時間しか解決しないと思っているので、ただそれを待つしかできません。そのとき私は悩むだろうし、孤独を感じるんでしょうね。

土門

「考える」は共有できるけど、「悩む」は誰とも共有できない、ということでしょうか。

平田

そうです。悩みは、誰にもまったく言えないですね。夫にもスタッフさんにも言えないし、もちろんSNSにも書けない。

土門

それは……どうして言えないんでしょう。

平田

えっ?(笑)言えないのは……何でだろう。何でだろう……。言ってはいけないと思っているからじゃないですか。わざわざにとって良くないから、言ってはいけないと。

土門

言ってはいけない……。

平田

だって、答えのない悩みを誰かに吐き出しても、何にもならないじゃないですか。例えば「ゴトウさんが辞めるんだよね」とか誰かにぐちぐち言ったとしても、ゴトウさんだっていやな気持ちになるし、何にもいいことない。それよりも、「今までありがとう」って送り出すようなことを言ってあげたほうがいいですよね。だけどそこは自分の心と乖離しています。そして、その乖離した部分は誰にも言えないです。

土門

その部分が癒えるには、時間が過ぎるのに委ねるしかないという。

平田

それを教わったのは、父が亡くなったときです。父は創業して間もなく亡くなったんですけど、私は店を閉めなかったんですね。葬儀や家の片付けなんかのやるべきことはやってたけれど、休業はしなかった。そのときもちろん悲しみに浸ることもできたけれど、それを誰も望んでないんですよね。わざわざが閉まることを、誰も望んでない。父だって、娘が悲しみに明け暮れて1か月棒に振るなんてことは、望んでないんです。それで淡々と日常をこなしているうちに、半年くらいで涙が出なくなって、父のことを思い出す頻度も少なくなっていって……。そういう経験をしたので、時間が解決するんだなってことがわかったんです。これを乗り越えられたので、大抵のことはいけるだろうと。

土門

逆にわざわざが救ってくれたところもあるんですね。

平田

そうですね。仕事がなかったら悲しみに浸るしかなかったから、より大変だったと思います。そのあとにも、身近な人に裏切られて大きなショックを受けたこともありました。でもそれも、誰にも言えなかったですね。ゴトウさんにも、夫にすらも言えなかった。同じショックをふたりに受けさせても、わざわざにとってなんのいいこともないですから。自分が味わった苦しみをもう一度ぶつけることになるだけなら、「こんなこと絶対言えない」「自分だけでいい」って思って。もちろん「言いたい」「言ってやりたい」っていう気持ちはありましたよ。でも、もし私がそれを表に出したとしても、誰も喜ばない。誰の参考にもならないし、いい影響を与えない。そう思うと、言えないんですよね。

土門

……だけど、そんなふうにひとりで抱え込んでしまったら、ダウンしそうになったりしないですか?

平田

そんなことはしょっちゅうありますよ。そういうときにこそ、「ひとりの部屋が欲しい」って思うんです。誰にもそんなところを見せたくないですから。でも、今は逃げ場がないので、誰もいないところをさがさないといけない。家にも、事務所にも、必ず誰かいますからね。それが今すごく辛くなってて……。さっきもひとり暮らしの話をしましたけど、実は物件を1軒借りたんですよ。

土門

あっ、そうなんですか! 本当に借りられたんですね。

平田

そうなんです。今後は基本そこで仕事をしてから、家に帰ろうかなって。泊まりたいときはそこに泊まったり、誰にも会わない時間をつくって気分を変える。王様の耳はロバの耳方式ですね(笑)。答えの出ない悩みは、そこで吐き出そうと。

土門

……なんだか聞いていて思ったんですけど、平田さんってかっこいいですよね。かっこ悪いところを決して表に出さない。

平田

あはは。でも、本当はかっこ悪いとこ見せたいですよ。だけどそれってできないです。よいことではないから。

土門

よいことではない。

平田

わざわざ的に、よいことではないから。

土門

ああ……。

平田

本当は間違いたいですよ、いろんなこと。でも、今は間違ってはいけない人になっているから。

土門

だけど、そういう「わざわざ的によいことではない」ところも、誰かに見せたいとかは思わないですか。

平田

いやー、人に悩みをこぼしたり、取り乱したりする姿を見せたいとかは、もともとあまり思わないですね……。そういうの、思います?

土門

「かっこ悪いところ見せても受け入れてくれる人が欲しい」っていうのは思いますね。

平田

ああ、それは欲しいですよ(笑)。そんな人がいたらすごく……いいでしょうね。

土門

旦那さんはそういう存在ではない?

平田

夫はやっぱりパートナーですから。長年一緒にやってきた仲間意識があるので、そんな恥ずかしいことはできないですね。彼のことを尊敬しているから、嫌われたくないんですよ。だからある程度の距離感をもって付き合った方が、うまくいくと思っているんです。向こうは「そういうところも見せてほしい」と思っているかもしれないけれど、私はだめなんです。そのへんのギャップはあるでしょうね。

土門

ひとりで抱え込んでいて、「寂しい」と思うことはありますか?

平田

「寂しい」……「寂しい」は……うーーん、今はもうないかなあ。「寂しい」ってなんだかファンシーじゃないですか? 孤独のほうが感じますね。

土門

平田さんの中では「孤独」と「寂しい」はちがうんですね。

平田

うん、まず色が違いますよね。「寂しい」は淡いブルー、「哀しい」は藍色かな。だから、「寂しい」は「哀しい」にもいたっていない、かわいい感情のような気がします。だけど「孤独」は黒。「孤独」って、なんかカフカの『変身』みたいなイメージが思い浮かぶんですよね。虫になってしまって、暗がりから出られない。誰にも見せられない。そんなイメージ。

土門

それが、平田さんにとっては「自分ひとりの部屋」なんですか。

平田

うん、闇ですね。「孤独」は闇に吐いて捨てるもの。真っ暗で、扉のあかりもないイメージ。そこでひとりひっそり佇んで、ただ時が流れて消化されるのを待つっていう。私には「寂しい」とかいう感情はなくて、深い闇しかないですね。

「悩みを言えないのはどうしてですか?」
と尋ねたときに、平田さんはとても驚いたような顔をしていた。まるで、そんなこと初めて考えた、というように。わたしにはその反応が意外だったので、お互いにびっくりした顔をしていたと思う。

「長年一緒にやってきた仲間意識があるので、そんな恥ずかしいことはできないですね。彼のことを尊敬しているから、嫌われたくないんですよ」

その言葉に、長年一緒にやってきた仲間意識があるからこそ、恥ずかしいことができるんだと思っていたわたしは驚いた。むしろそういうところを見せることで、距離が縮まるのではないかとすら思っていたのだ。

だけど彼女は、関係性に甘えるようなことをしない。
母だから、妻だから、友達だから、仲間だから。
そういう理由で自分を受け入れてもらおうとか、悩みを共有してもらおうとか思わない。

なぜかと言うと、知っているからだ。
答えのない問いは時間以外解決してくれないこと。孤独は誰にも癒せないこと。
だから彼女は逃げないし、たったひとりで「答えのない問題」を受け止める。

孤独は黒。孤独は闇に吐いて捨てるもの。
だとすれば彼女はその暗闇の中で、ひとときの休息を得ているのかもしれない。
まるで、深い傷を負った人が、静かで安全な部屋で眠りにつくように。

ひとりの部屋で、自分のための作品を作りたい

土門

もうすぐひとりの部屋ができるということですが、わざわざを引退したあと、そこでやりたいことってありますか?

平田

実は、もうすでに始めているんですけど、思い切り創作をやってみたいって思っているんですよ。写真を撮ったり、絵を描いたりしたいんです。

土門

わ、そうなんですか! 写真はもともと撮られていますけど、絵も描かれてるんですね。

平田

わざとぼやかした何が映っているのかわからないような抽象的な写真を、写実的に絵にするっていう、おかしなことをやっているんですけどね(笑)。その部屋では、そういう抽象的なものをつくっていきたいと思っているんです。あやふやにぼやかして、誰にも本当のところはわからないみたいな……。これまで私は、言語化しすぎてきてしまったんですよね。考えたことを言葉にして、見えるようにしていって、余白がない状態でずっと来てしまった。わざわざでは、曖昧なことを一切してこなかったんです。だからここではあまりはっきり言いたくないし、ぼやーっとしたい。安らぎみたいな……多分、それを自分の作品づくりに求めているんだと思いますね。

土門

なるほど。……ちなみに、わざわざは平田さんの「作品」ではないですか。

平田

ないですね。わざわざには自分の自由意志が全部出ているとは思っていないです。私は本当は、どっちかって言うと無駄なものが好きなので。だけどそれはわざわざの取り扱う「日用品」、つまり「生活に必要不可欠なもの」と矛盾しますから。私はこれまで「やりたいことよりやれそうなこと」をやってきたんですよ。誰かの役に立ちたい、誰かに必要とされたいと思ってやってきました。自分のやったことの先に、「1度だけでも、世界の角度を良い方へ変える」ことを望んでいる。少しでも良い方向へ世界を変えていけたら……っていうことに、すごくやりがいを感じるんです。でもそれは、私の「作品」ではないんですよね。

土門

それこそ「誰かの幸せ」のためにやってきたことなんですね。

平田

だけど、アート的な要素のあるものって「他人」がいらないんですよね。自分と向き合う作業じゃないですか。だから、ひとりの部屋が欲しかった、っていうのもあるんです。私は好きなアーティストが何人かいるんですが、ジョージア・オキーフとか、ターシャ・テューダーとか、デレク・ジャーマン、魯山人……みんな、晩年はひとりになった方たちなんですね。それぞれ絵だとか庭だとか、つくっているものは違うんですけど、歳をとったときにひとりで暮らし始めている。そういう、自分と向き合う環境をつくることに、昔からすごい憧れがあったんです。

土門

ひとりの部屋は、自分と向き合って、自分のために作品をつくる空間でもあるんですね。

平田

私と同じように言語化しすぎて疲れてしまった人って、他にもいっぱいいると思うんですよね。わざわざを辞めたあとはアート領域で創作を続けていきたいと思っていますが、そういう人に安らぎを覚えてもらえるような、そういうものをいつかつくれたらいいなっていうのは思いますね。

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インタビューが終わって外に出ると、とっぷりと日が暮れていた。
暗くなった御牧原はとても寒い。
平田さんが倉庫の電気を消すと、あたりは足元も見えないほど真っ暗になった。

電気を消す前に一瞬見えた、倉庫の壁に書かれたわざわざの経営理念。
「全ては誰かの幸せのために」
その手書き文字の残像と、平田さんの言葉の余韻が、暗闇の中にしっかりと残るようだった。

「わざわざ」のためにならないことはやらない。
それはつまり、「誰かの幸せのために」ならないことはやらないということとイコールだ。

そして「誰かの幸せのために」なることだけをやることが、結果的には自分を暗闇から救うことになるのだということを、平田さんは知っているような気がする。

自分のための創作もまた、誰かの安らぎになったらいい。
そう言った彼女は、とても優しい顔をしていた。

取材の翌朝、平田さんがパンを焼いているところを撮影させてもらった。

朝日の差し込む工房の中、きびきびと働く平田さんの手から、次々とパンやシュトレンのたねが生み出されていく。スタッフさんがそれを受け取り、石窯の中へと送り出す。

その様子を見ながら、自分が少しほっとしていることに気づいた。
ゆうべ孤独を語った平田さんとは違う、朗らかで明るい表情を、彼女がしていたからだった。

平田さんは確実に、ここで「誰かの幸せ」をつくっている。
それはちゃんと手に触れることができ、誰かの空腹を満たし、誰かのからだを温める。
その確実性にこそ、「女性」だとか「経営者」だとか、「妻」だとか「母親」だとか、全部ひっくるめて内包している「平田はる香」さんというひとりの人間を、わたしは感じたのだった。

平田さんが設計したというロケットストーブ式の石窯の窓から、赤く、じんわりと燃える火がのぞいている。
「孤独は黒」
平田さんはそう言ったが、わたしには「孤独」がこんな色のようにも思える。
孤独を燃やしながら、つくり続ける人。
彼女の笑顔を、そして彼女がつくりだすパンを見ていたら、そんな言葉が頭に浮かんだ。

店を出る前に食パンとカンパーニュを買った。
ゴトウさんに頼んで、その場で食パンを食べさせてもらう。
わざわざの食パンはしっとりとしていて、滋味深く、潔い小麦の味がした。

「土門さん、私あれからずっと哀しみと孤独のことを考えていたんですが、自分の中で定義づけできました」

後日、平田さんからそんなメッセージが届いた。

寂しさはそこにあるもの
哀しみはいつか癒えるもの
孤独は逃れられないもの

「ですかね」と、平田さんは言う。

逃れられないからこそ、彼女は自分ひとりの部屋を用意する。

そこで思う存分休息するために。自分の幸せを生きるために。
そしてまた、「誰かの幸せ」を生み出すために。

取材=京都文鳥社

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書いた人 : 土門蘭

1985年広島生。小説家。京都在住。ウェブ制作会社でライター・ディレクターとして勤務後、2017年、出版業・執筆業を行う合同会社文鳥社を設立。インタビュー記事のライティングやコピーライティングなど行う傍ら、小説・短歌等の文芸作品を執筆する。共著に『100年後あなたもわたしもいない日に』(文鳥社刊)。

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