経営者の孤独/互助交通・中澤睦雄「だってしょうがない。ほかにハンドルを握る人がいないのだから」

たったひとりでリスクをとり、責任をとり、決断をし続ける人々、「経営者」。
彼らを見ているうちにふと気づいたことがある。

それは、わたしの中にも小さな「経営者」がいるということだ。わたしたちはみんな多かれ少なかれ、自分自身の経営者であり、自分の人生という事業を営んでいる。

世の経営者が会社から逃げられないように、わたしたちもまた、自分の人生からは逃げられない。鎧をかぶってこの平坦な戦場を生きぬかないといけない。わたしが経営者に惹かれるのは、きっとそれが拡大化・社会化された存在だからなのだと思う。

新幹線を降りると、東京駅はずいぶん肌寒かった。
丸の内側で編集者と待ち合わせ、車で錦糸町へと向かう。

取材先に到着して駐車場を探したけれど、どれも「満」という字が灯り、なかなか空きを見つけることができない。大通りにはオフィスビルが立ち並んでいたが、一本細い道を通ると、ひっそりと静かな空気になる。徐行する車の窓の外に流れる風景には、大きな病院といくつもの薬局、それからラブホテルが立ち並ぶ。昼間のラブホテルは、なんだか色素と音が抜けたようで、しんとして見えた。

そんな中に、互助交通の事務所はある。
車庫には赤いタクシーが停まり、「笑顔で接客」という看板が掲げられている。ドライバーはいなくて、車庫の中は静かだった。
右手にある入り口からスリッパに履き替え、二階へと上がっていく。事務所というより大きな家のようだ。長く使われているのであろう建物は、どこか懐かしい感じがする。

通された控え室には、数多くの表彰状、そして先代の写真が飾られ、使い込まれたロッカーが並んでいた。ブラウン管のテレビの下には『タクシーサービスの基本』と書かれたビデオテープが置かれている。今も、新入社員にはこれを見せて教育しているのかもしれない。

創立から65年が経つタクシー会社・互助交通は、現在三代目の中澤睦雄さんが経営を担っている。
中澤さんは、創業者である中澤次郎吉さんの孫にあたる。二代目であるお父様の跡を継ぎ、三代目として代表取締役に就任した。

現在従業員数は185名。その大半がドライバーで、平均年齢は57歳。
「これでも業界の中では若い方なんですよ」
と、中澤さんは話す。

これまでにインタビューをした経営者は、ふたりとも会社の創業者であった。
生まれた会社は倒産しない限り生き続ける。創業者もいずれ歳をとり、次の世代へと経営のバトンが渡る。

会社をゼロから作るのが初代だとすれば、すでにある会社を守る、発展させていくのが二代目以降の仕事だ。そのバトンが引き継がれていくたびに、姿勢もモチベーションも、そして「孤独」も違ってくるだろう。

昭和30年から続く会社のバトンを受け取り走り続けてきた中澤さんは、経営者である前にひとりの人間として、どんなことを感じ、どんなことを思ってきたのか。
ここでは、そんな話を聞きたいと思った。

「経営者の孤独というテーマでお話を聞かせていただきたいのです」
わたしがそう言うと中澤さんは笑ってうなずき、
「私の話はあまり参考にならないかもしれませんが」
と言った。

そして、額に飾られた先代によく似た目元で、優しげに笑うのだった。

プロフィール
中澤睦雄
1961年7月生。互助交通有限会社代表取締役社長。武蔵工業大学機械工学科卒業後、エンジニアとして日産自動車に入社。30歳のときに祖父・父の跡を継ぐ形で互助交通へ取締役として入社する。2018年7月、専務取締役から代表取締役に。

お客さんとの関係は、目的地までの少しの間だけ

土門

互助交通さんは、新卒採用に力を入れられていますよね。ヨッピーさんの記事で紹介されているのを読んだのが、わたしが互助交通さんを知ったきっかけでした。

中澤

そうそう、それが3年前ですね。その時入った二人は残念ながら辞めてしまったんですけれど。

土門

あっ、そうなんですか。

中澤

それからも新卒採用を毎年続けているんですけど、入社したうちの半分の子が残るか残らないかですね。意外と向き不向きがあるみたいなんです。

土門

向いているのはどんな方ですか?

中澤

ええ、これは新卒採用を始めてから気づいたことなんですけど、中途採用のおじさんたちって、なんだかんだ言ってみんなちゃんと仕事できるんですよ。もちろん売り上げがいいとか悪いとかはありますけど、仕事はこなせるんです。やっぱり、ずっと仕事をし続けてきた人たちなのでね、おじさんって。だけど、新卒採用だとそれ以前のところで詰まってしまう子がいる。それを私は知らなかったんですよねえ。

土門

その「詰まってしまう」というのは、なぜなんでしょうか。

中澤

タクシーの仕事って、「誰にでもできる」っていうイメージがあると思うんです。リタイアした人間がやる仕事だとか、免許さえあればできるとかね。僕も楽な仕事だとは思っていないけれど、最初はそんなふうに思っていました。だけど本当は思いがけないスキルや適正が必要だってことに、新卒採用をしてから気づいたんです。要はタクシードライバーって、いろんなお客さんを乗せるので、いろんなことを言われることがあるんですよね。それをちゃんと聞き流せる、鈍感でいられる力がないと難しい仕事なんです。それがわかるのに3、4年かかりましたね。

土門

では若い方の退職理由は、お客さんとのやりとりでストレスを抱えてっていうのが多かったんですか?

中澤

それがほとんどでしたね。だけど逆に言うと、タクシーの仕事のいいところは、「お客さんとの関係が継続しない」っていうことでもあるんですよ。そのお客さんと付き合うのは、目的地に到着するまでの少しの間だけ。だから何を言われたって聞き流せばいい、ということになるんだけど、彼らにとってはストレスになってしまっていたみたいで。

土門

なるほど……。

中澤

普通の会社だと、人間関係が継続しますよね。また明日もこの人に会わないといけないのかと思うとストレスだけど、もうこの人とは2度と会わないんだと思うと、どんなことを言われても気にしないでいられる。おじさんにとってはそれが当然で、むしろそちらのほうが楽だっていう人が多いんですけど、若い子には通じなかったんですよね。まあ、全然大丈夫な子もいるんですけど。

土門

ちなみに「おじさん」の皆さま……中途採用で入られる方は、どんな理由で互助交通さんに入ってこられることが多いんですか?

中澤

たいてい他の業種で勤めていた人なんですけど、その会社からリストラされたとか、倒産したとかで、一時期に場しのぎ的に入ってくる人が多い印象ですね。40〜50歳くらいだと、以前と同じ職を見つけようと思っても、なかなか見つからないんですよ。それで一年くらい経って貯金がなくなってきたときに「そろそろ仕事しないとな」と思って、気軽に稼げそうなタクシー会社に来るって感じでしょうか。でも入ったら、みなさんずーっといますよ。稼げるし、意外と楽しいから。居心地がいいっていうのかな。

土門

居心地がいいっていうのは、基本的にひとりでやる仕事だからですか?

中澤

そうですね。ひとりで動くからわずらわしい人間関係がないですし、仕事さえしていれば誰も文句言わない。査定がなくて、売り上げが即給料に反映されるので、すごくシンプルなんです。それに労働時間も意外と短いんですよ。

土門

そうなんですか。朝から晩まで働くイメージですが……。

中澤

その通りなんですけど、基本的には19時間拘束の3時間休みで、次の日が休みなんですよね。朝7時半に出勤して、夜の2時半くらいまで働くって感じです。その次の日は完全オフ。そしてまた翌日の朝7時半に出勤。いらない残業がないので慣れると楽ですよ。普通のサラリーマンだと、朝から夜遅くまでやっても、次の日朝からまた仕事じゃないですか。タクシーは残業がないし、翌日休みなので。

土門

そのサイクルに慣れたら、そちらのほうが楽に感じるのかもしれないですね。

中澤

だけど残念なことに、若い子は辞めていってしまう子が結構多いんですよね。ほんとに難しいです。

初めてお会いする方にインタビューをする前には、なるべく先入観を持たないようにしている。その先入観に、こちらの聞く姿勢が引っ張られてしまって、相手が正しく見えなくなってしまう気がするからだ。

だけど中澤さんと話し始めてから、自分のなかにやはり先入観があったことを思い知らされた。わたしはタクシー会社の経営者に「声の大きな人」というイメージを抱いていた。
平均年齢57歳。様々な職歴を持つおじさんたちを束ねるのは、豪快で親分肌な方なのだろうという思い込みがあったのだ。

しかし、実際にお会いした中澤さんの声は、大きくなかった。それは決して「声が小さい」ということではない。中澤さんは静かに話す方だった。話す内容は正直なのに、話し方に抑制がきいている。そのふたつは、決して相反しない。

中澤さんはさきほど「普通の会社だと、人間関係が継続する」と言った。わたしはその言葉になぜかひっかかりを覚えた。

逆に言えば、互助交通という会社、さらに言えば「タクシードライバー」という仕事は特殊であるということだ。従業員は皆、「目的地まで」の一時的な人間関係が主となるために、聞き流す力や鈍感である力、言い換えれば「自分のペースを守ること」が必要とされている。

つまり仕事を続ける上で、「継続的な人間関係」という支柱がない分、より強い「自分の意思」という支柱が必要とされるということなのだ。

なぜ自分はここにいるのか。
その理由を、他人ではなく自分のなかに求めることができる人。

「おじさんができ、若者にできないこと」というのは、もしかしたらそれかもしれないな、と話を聞きながらふと思った。

タクシードライバーに向いているのは、「他人に依存せず自分で自分を管理できる人」

土門

ちなみに、先ほど新卒採用者の中にも「全然大丈夫な子もいる」とおっしゃっていましたが、残っている若い方々の特徴というか、共通点って何かありますか?

中澤

そうですねえ。やっぱり「マイペース」っていうことでしょうか。自分で自分をコントロールできる人。そういう人には、この仕事は本当に向いていると思いますね。中に、この子は天才肌だなっていう若手ドライバーがいるんですが、彼は入社2か月目で給料が月額42万円までいったんです。

土門

えっ、42万円!? 入社してすぐそんなに。

中澤

そうなんですよ。タクシーは売り上げが本当にシンプルに給料に反映されるので、たくさんお客さんを乗せたらそれだけ稼げるんですよね。でもね、彼はそんなにがむしゃらって感じでもないんですよ。ニコニコして穏やかな子なんですけど、びっくりするくらい売り上げてくるんです。彼に一度、この仕事のやりがいについて聞いたことがあったんですけど、そうしたら「お客さんがいそうだなと思った場所に行ったら、本当にいたとき」というのを挙げていたんですよね。

土門

なるほど。どこに行けばお客さんがいるか、常に考えているんですね。なんだかゲームみたい。

中澤

そうなんです。ある意味、道を知っているとか挨拶ができるとかはできて当たり前のことなんですよ。タクシードライバーの力量は「お客さんを見つける」能力があるかないかなんです。だから僕は、タクシー乗り場でただ出会いを待っているだけではダメだなって思っています。待つんじゃなくて、自分でお客さんをつかまえに行ける人はやっぱりすごい。僕が出会った中でいちばん売り上げていたドライバーさんは、自分のなかにいろんな法則を作っていました。たとえば右折は絶対しない、とかね。

土門

左折しかしないということですか?

中澤

そう。なぜかっていうと、右折は歩道から離れてしまう時間があるけれど、左折はずっと歩道に面していられるでしょう? その分、お客さんをつかまえるチャンスが増えるんです。

土門

なるほど!

中澤

そういうふうに自分で考えられる人は、手を挙げていないお客さんだってつかまえることができるんですよ。キョロキョロしている人がいたら、すっと横付けして扉を開けてあげられる。

土門

すごいなあ。お客さんを乗せている時よりも、乗せていない時にこそいかに気遣いができるかどうかなんですね。

中澤

そういうことなんですよね。この仕事って、実はそっちのほうが大事なんです。先ほど残っている子たちの共通点で「マイペース」と言いましたが、その新卒の彼は、「自分の好きな場所に好きな時間にいられて、自由に働けること」と言っていました。つまり誰から指図されることもなく、自分のペースで仕事ができ、やればやった分だけ評価される。自分で自分を管理できる人、自分で考えて動ける人にはとても良い仕事だと思います。逆に向いていないのは、他人に依存してしまう人。やりがいが見いだせない時やうまくいかない時に、自ら解決策を見つけ出せない人には、この仕事は向いていないと思います。

土門

ああ、なるほど。その新卒の彼が「自由に働けること」と言ったのは、まさに誰にも依存していないからですよね。人間関係にわずらわされることなく働きたい人にとっては、魅力的な仕事なのでしょうね。

中澤

そうなんです。ライフワークバランスとか、優れた評価制度とか、魅力的な点はたくさんあるんですよ。だけど、残念なことに全然人が来ないんですよね。うちは労働集約の仕事なので、人がいないと商売が成り立たないんですが、もう本当に何をやっても人が来ない。うちの会社に限らず、この業界全体で言えること。ドライバーが足りていないんです。

土門

それは、若い子が来ないということですか?

中澤

というか、今は転職者自体が来ないんです。僕個人の考えなんですけど、この大きな原因は震災とオリンピックなんですよね。

土門

東日本大震災とオリンピック。

中澤

そう。タクシー業界に来られる方って、もともと土建や陸送関係で働いていた方が多いんですよ。そういう方が、体力が落ちたとかで辞めてタクシー会社に転職してくるのが多かった。だけど、震災の復興やオリンピックの建設で、今土建屋さんってすごく仕事が来ていて、賃金も高いんですよね。まずそこで、土建屋さんに人を持ってかれる。そしてものを作るには物流も必要ですから、そっちにも人を持ってかれる。まあ、それだけじゃないとも思いますけど。

土門

なるほど。

中澤

それに加えて今、タクシーの運賃って勝手に変えることができないんですよね。だから運転手の賃金が上げられない。しかも接客業なので、そういうのがわずらわしい人はますます土建や陸送に行ってしまうんです。幅広い年齢層から人材を採れるようにしとかないと、この業界は保たなくなってしまうんです。だけど、どれだけ手を尽くしても、人が来ないんですよね……。

タクシーは記憶に残らない乗り物


互助交通がタクシー運送業60年を記念して走行をスタートした『想い出タクシー』。約180cmの車高と広々とした室内、車椅子のまま乗車することも可能なユニバーサルデザインが特徴のロンドンタクシーを導入した。右に見えるのは痛車タクシー。『想い出タクシー』http://www.gojyo-taxi.com/memories/

土門

互助交通さんは就職説明会のほかにも、ロンドンタクシーや痛車タクシーなどインパクトのあるタクシーを導入して、新しいタクシーのあり方を提示されていますよね。それもまた、人材確保のための意味合いが強いですか。

中澤

そうですね。仮に若い人がタクシー業界に興味を持ったとしても、大手でもないうちが選ばれることはまずないだろうと思ったんです。だから、「互助交通」という会社自体に興味を持ってもらうためにはどうしたらいいだろうと考えました。かっこよく言えば「ブランディング」ですよね。タクシーってお客さんの身近にある乗り物で、貢献度も高いんですけど、お客さんの記憶に残ることがまずありません。だけど鉄道やSL、新幹線は、特別な思い出として記憶に残りますよね。そういった体験をタクシー会社でも提供できないかと作り出したのが、ロンドンタクシーだったんです。同じように痛車タクシーも、高齢化が進むタクシー業界に若い人を取り込めないかと思って、導入に踏み切りました。

土門

なるほど。反応はどうでしたか?

中澤

メディアの反応は一時的なものとは言えよかったと思います。テレビやラジオに出演させていただいたり、SNSで発信することでコアなファンになってくださる方も現れました。逆に、一番反応が薄かったのは同業者ですね。

土門

えっ、そうなんですか。

中澤

はい。この業界はこれまで、自社のカラーを打ち出したりブランディングをするというようなことをほとんどしてこなかったんですよ。ほかの業種ではもはや当たり前のことなのに、どこのタクシー会社もしてこなかった。だから、うちの取り組みに対しても「何でそんな車入れるの?」っていう反応がほとんどでしたね。

土門

ああ……今聞いていて思ったのですが、それはつまり、タクシー業界にはこれまでブランディングが必要なかったということですよね。常にお客さんに求められているし、転職者も来ていた。

中澤

そうです。だけど今は、タクシー業界って下降の一途をたどっているんですよ。それはうちの業界だけではなくほかの業界でも一緒だと思うんですが、これまでのやり方だけではだめだと思っているんですよね。なんとか現状を打破していかないと。

土門

それで互助交通さんは今、差別化を行おうとしているんですね。ロンドンタクシーが体現する通り、「記憶に残るタクシー」を目指すという……。

中澤

そういうことですね。ですからこの動き方というのは、タクシー業界では異端だと思います。

たとえばどこかへ出かけようと、タクシーに乗るとき。
わたしは車道に向かい、タクシーがやってくるのを待つ。やってきたら手を挙げる。そして乗り込み、目的地を伝える。

どの会社の、どの運転手のタクシーに乗るかは重要ではない。
目的地に安全に、素早く着けるのであれば、それでいい。
わたしはただやってきたタクシーをつかまえ、乗り込むのだ。

先ほど中澤さんは、タクシーのことを
「お客さんの記憶に残ることがまずありません」
と言った。
つまり、タクシーとは本来「必然的に選ばれる」のではなく「偶然的につかまえられる」乗り物なのだ。

だけど、中澤さんは「記憶に残りたい」と言う。
「互助交通という会社に興味を持ってほしい」と。
中澤さんが求めているのは、まさにタクシードライバーという仕事に欠如している「継続的な人間関係」なのだった。

わたしは、この特殊な「タクシー会社」という場所を経営し、特殊な能力を持つ「タクシードライバー」を束ねる中澤さんという方に、改めて向き合った。

それならば「タクシー会社」の経営者である中澤さんにもまた、特別な能力が日々求められているのではないだろうか。そしてそれは、どんなものだろう?

わたしは中澤さん個人のことについて、話を聞くことにした。

どんなに気をつけても、思いは伝わらないこともある

土門

中澤さんは三代目ということですが、互助交通さんに入られる前は何をされていたんですか?

中澤

もともとは、日産でエンジニアをやっていたんです。車が大好きでね。タクシー会社の子だからっていうわけではないと思うんですけど、まあ、車に接する機会が多かったからかもしれないな。

土門

失礼ですが、中澤さんはご長男でいらっしゃる……。

中澤

いえ、次男なんです。

土門

じゃあ、もともと「自分がいつか会社を継ぐ」という気持ちはなかったのでしょうか。

中澤

なかったですね。兄貴が継ぐものだと思っていたので。でも、兄貴は全く別の業界にいっちゃったんです。あと、うちの親父もこの会社が本業じゃなかったんですよ。医者をやっていて。

土門

えっ、そうなんですか。

中澤

創業者の祖父のあとに父が代表取締役に就任したのですが、実務は叔父がメインでやっていました。うちの親父も、本当にこの会社がやばかった時には一旦医者を辞めて専任していましたけど、私が中学生の頃には医者に戻っていたので、そんなに長くはいなかったんじゃないかな。

土門

そこに中澤さんが入られたわけなんですね。

中澤

そうです。30歳になる前ですね。車が好きで、車を作る会社に入って、そこで8年働いていたんですけど、いきなり父親から電話がかかってきて「戻ってこい」と。

土門

そんな急にですか? それまでにそんな話はあったんでしょうか。

中澤

それが、全然なかったんです。就職するときには「会社は継がなくていいから好きなことしろ」って言われていたんですよ? それなのにいきなり電話かけてきて「いつまでそこにいるんだ」と。むちゃくちゃですよ(笑)。

土門

それに対して、反発みたいなものはしなかったんですか。

中澤

いやぁ、僕は物分かりのいい子ですから(笑)。まあ、うちの兄貴が違うところに行ったときに、俺のとこにくるんだろうなってうすうす思ってはいたんですよね。諦めがあったというか。

土門

それで30歳で、互助交通へ。

中澤

はい。最初は平取で入ったんですけど、その頃から運転は一切しなかったですね。よく運転手に言われましたよ。運転もしていないのに俺たちの気持ちがわかんのかって。

土門

ああ、言われそうですね……。しかもほとんどが年上の職場で。

中澤

ええ、でも全然平気ですよ(笑)。「俺が乗って売り上げよかったらどうすんだ、みんなのことを思って俺は乗らねえんだ」って言い返しましたから。よくけんかはしていましたね。

土門

前の職場とのギャップみたいなのは、感じなかったですか。

中澤

それは感じましたね。当時、僕はエンジニアとして工場で製造技術をやっていたので、現場の人と接することがすごく多かったんですよ。だから人と付き合うってことは問題なかったんですけど……。基本的に工場の現場の人たちって、ひとつのものを作るために力を合わせようと、前向きなんですよね。「こういうふうにやっていこう」って僕が1のことを言うと、少なくとも1はわかってくれる。場合によっては、プラスαで動いてくれることだってよくありました。だけど、タクシー会社って本当にいろんな方がいるんですよ。私なんかよりはるかに優秀な方もいれば、そうでない方もいる。それは学力がどうのっていう話じゃないんです。単純に、「1言ったら1伝わる」とは限らない、10言ってやっと1伝わることもあるっていうことなんですが、最初それがわからなくてショックを受けました。「なんでわかってくれないんだろう」っていうのはありましたね。

土門

それこそ、前職がばらばらだったりして価値観も違いますし、仕事中はほとんど一緒にいないですものね。入社時は「自分が入ったらこう変えてやろう!」みたいなビジョンはあったんですか。

中澤

その頃は「売り上げを上げてやろう!」って思ってましたよ。でも、しばらくたってから無駄だと思いましたね。

土門

そうはうまくいかなかった?

中澤

みんな自分たちの生活・スタンスがあるので、変えようとしても意味がないということがわかったんです。それで、じゃあ自分に何ができるだろうって考えたら、従業員にとって居心地のいい環境をつくることくらいかなって思いましたね。入社したばかりの頃は、威圧的な空気を出す親分肌みたいなドライバーも結構いたんですよ。でもそういうでかい顔をしている奴に限って、仕事をしない。それが僕は我慢できなくて。そんな人がいる会社、誰も来たくないじゃないですか。みんなが楽しく会社に来れないようだったら、誰もうちで働きたくないだろうと。だから、その頃からそういう雰囲気は絶対に作らないようにしようとしていましたね。運転手が戻ってきたら、なんとなく和気藹々として帰っていけるような、そういう居心地のいい会社にしたいんですよ。

土門

そのために気をつけていることってありますか?

中澤

うーーーーん。嘘つかないってことですかね。その場しのぎでごまかすことは言わないし、給料の話もちゃんと説明する。ドライバーから見たら、会社って何やっているかわからないんです。それなのにいい加減なことを言っていたら不信感しか生まれない。

土門

なるほど。

中澤

私の仕事は人を使う仕事なので、運転手一人一人に対する対応の仕方にはすごく気を遣います。「この言葉だけは絶対に使ってはいけない」とかね。上から言っていい時と悪い時、強く言っていい人と悪い人がいる。その人の性格とケースに合わせて対応していかないと、大変なことになるので。とは言え、コミュニケーションにノウハウがあるわけではないんです。なんとなくその人の雰囲気・言動を見ながら、探っていく。でも基本は、「この会社では何をやってはいけなくて、何をしなくてはいけないのか」だけわかってもらえたらいい。その共通認識さえ持ってもらえたらいいんです。だけど、思いって伝わらないこともありますよね。だから辞めてしまうのだろうし、みんなどこで何を言っているかわからないですよ(笑)。

僕のやっていることを心から親身になって考えてくれる人は、誰もいない

土門

中澤さんは会社で何か新しい取り組みをしたり決断をしたりするときに、誰かに相談したりするんですか。

中澤

いや、基本的に誰にも相談しないでひとりで決めてますね。

土門

悩みを誰かに話したりするといったこともない?

中澤

うーん。そういう相手も、実はあまりいないんですよねえ。まあ、経理の人などに考えていることを話したりはしますけど、全部話せるのって言われたら……わからないですよね。

土門

その、「話せない」っていうのはどうしてなんでしょうか。話すことで相手の重荷になってしまうから? それとも、悩みや課題を解決していくのは自分の役割だからって思うからでしょうか?

中澤

どちらかと言うと、後者かもしれないですね。……これは僕の正直な気持ちなんですけど、要は「所詮他人だ」という気持ちがあるんです。「この人は、僕の話をどこまで親身になって聞いてくれて、最後の最後まで一緒に動いてくれるだろう?」というのはずっとあるんですよ。そして、そんなのは無理だと思っている。彼らに「僕と心中してくれ」っていうのは無理ですから。となると、まあなんとなく踏み込んではいけないですよね。だから、話していても、言葉が上のほうで動いているだけのような気がしてしまうんです。僕の心の問題かもしれないですけど、それでひとりで抱えこんでしまいますね。

土門

中澤さんだけ、立ち位置が違うという……。

中澤

そう。当然ですよね。経営者と従業員では、背負っているものが違うので。彼らは会社を失っても、最悪自分の生活が困るというだけで済むんですが、私がもしこの会社を潰すようなことがあれば、私だけでなく従業員全員が困りますし、借金を背負えば家族にも迷惑がかかるので。それを思うと、孤独感というか……「自分だけ背負ってるものがちがうよなあ」というのは思いますよね。いいのか悪いのか別にして、経営者っていうのはそういうもんだよなって。

土門

何かを判断するときの責任と覚悟は、やっぱり全然違いますよね。

中澤

テレビドラマなんかでは、腹心の部下が一緒に働いているようなのがありますけど、僕にそういう存在はできないだろうなあって思うんです。だって、育ててないですから。と言うか、下手なので育てられなかったんです。

土門

寂しいと思うことはありますか。

中澤

うーーん、それはそんなにないかな。孤独感はあるけど、寂しくはない。

土門

……あの、やはり「寂しい」と「孤独」は、違うんでしょうか。わたしはこの連載で、「孤独」とは何かを明らかにしていきたいと思っているのですが、「寂しい」と「孤独」はどう違うのだろうかと、ずっと考えていて。「孤独」って何なのかなあと。

中澤

……なんだろう。さっき土門さん、「誰にも相談せずにひとりで決めるんですか」って聞いてくれたじゃないですか。多分、あれだと思いますね。「僕のやっていることを心から親身になって考えてくれる人は、誰もいない」ということ。もちろんみんな心配はしてくれるんだけど、そうじゃなくて、本当に行き詰まったときに一緒に土下座できるような人です。そんな人は、僕にはいない。だからと言って、それを「寂しい」と思うのは違うと思うんです。そもそも、求めるのが間違っているので。

土門

求めるのが間違っている……。

中澤

そういう人を作ってこなかったのは、自分ですからね。私には17の息子がいるんですけど、この会社を息子には継がせないことに決めているんですよ。やはり、経営ってすごく大変な仕事なのでね。やらせたくないんです。

土門

そうなんですか……。

中澤

だけど、僕自身ももうそろそろ「いつまでやるの?」っていう歳ごろになってきました。今はまだ、みんなが働けるように、長く残れるようにと考えるエネルギーがあるけれど、そろそろ次を考えて動かないといけない歳になってきている。次を考えるのもまた、自分しかいないんですよね。

土門

ひとりで決め続けなくてはいけないことに、不安はないですか。

中澤

もちろんあります。いつだって「どうなっちゃうんだろう」って思っています。辞めたいってことも、常日頃思ってますよ。本当に今、先が見えないんですよね。未来の明るい展望がなんにも見えない。うちの会社だけでなく、タクシーって生き残れるの?っていうくらい大変になってきているので。そんな展望が見えない中でいつまでやってたらいいんだろう、どういう決着をつけたらいいんだろうっていうのは正直思いますよね。だけど、自分のじいさんが作った会社で、親父が跡を継いで、その親父が「次はお前だ」って言って、それで僕が継いだんだから、しかたないだろうっていう。誰かが僕の替わりにやってくれたらそれに越したことはないんですけど、自分以外にいないんで。

土門

替わりがいないから。

中澤

そういうことです。こんなに苦しいのにどうして続けられるのかって言ったら、自分以外にやる人がいないから、やるしかないからなんです。それだけですよ、本当に。「もう明日から来なくていいよ、明日から僕が責任もってやるから」って言われたら、喜んで替わりますね。そんなこと言ったら従業員に殺されそうですけど(笑)、本心はそうです。だけど替わりはいない。今は動くしか、前に進むしかない。一歩一歩でも。

「僕のやっていることを心から親身になって考えてくれる人は、誰もいない」
中澤さんは、それを「孤独」だと言った。
だけどそれは「寂しい」とはちがうのだと言う。なぜなら、そういった人を求めること自体がそもそも間違いであるからと。

その言葉を聞いたとき、わたしはさきほどの「継続しない人間関係」について考えていた。

「『継続的な人間関係』という支柱がない分、より強い『自分の意思』という支柱が必要とされる」

タクシードライバーの適性について、先にわたしはそう書いた。つまりそれは、他人に何も期待しないということでもある。だから失望もしないし、傷つかない。

中澤さんの話を聞きながらふと思った。
もしかして会社というのは、大きなタクシーのようなものではないのだろうかと。

従業員は乗客としてその車に乗り、目的地まで運ばれる。あるいは、目的地とは違うところに向かっているのだと思うと、途中で降りる。
しかしその中で、最後まで残っている人がいる。それが運転手である「経営者」だ。

車の中では、運転手と乗客の間で人間関係が築かれるだろう。だけどそれも長期的に見れば一時的なものだと、運転手は知っている。
みんないつか降りる。だけど自分は残る。だから、思うのだ。

「自分だけ背負っているものがちがう」
「僕のやっていることを心から親身になって考えてくれる人は、誰もいない」と。

「いやあ、すっげえ闇が出たな。これ記事になるの怖いなぁ」
インタビュー後、中澤さんはそう言って笑った。

わたしは最後に、
「経営者になってよかったと思うことはありますか?」
と尋ねた。すると、彼はこう答えた。

「いろいろなことにチャレンジする機会をもらえたこと。そこで、会社や私のことを応援してくださる方が少なからずいる、ということを実感できたことですね。それは結構、自分にとっては重要なことだったかもしれないです」

孤独とは何なのか。
中澤さんと話しながら、今回その一面を垣間見ることができた気がする。

「自分以外に替わりがいない」

互助交通という会社にとって、中澤さんの替わりがいないこと。
それが中澤さんがここにいる理由であり、中澤さんが孤独を感じる理由でもあった。

そういう意味でも、タクシードライバーは、経営者ととてもよく似ている。

替わってくれる人も、決めてくれる人もいない。
本当の意味で理解してくれる人も、同じくらい親身になってくれる人もいない。
最終的にはみんないずれ去り、自分だけが残る。
このハンドルを握るのは、結局、自分しかいない。

だからこそどんなに過酷であったとしても、乗客がいる限り、走り続けるのを辞めるという選択肢はないのだ。
たとえ先が見えなくても、ただひたすらにハンドルを握り続ける。
いつかこの車に乗らなくてもいい時がくる。そのときまで。

中澤さんがこの車の運転席を降りたとき、そこにはどんな風景が広がっているのだろうか。
そして彼はそのとき、どんな顔をしているのだろう。

最後に、車庫の中で写真を撮らせてもらった。
タクシーはほとんど出払っている。

「今日は金曜だから、かき入れ時ですね」
わたしがそう言うと、中澤さんはうなずいた。

がらんとした車庫には「互助交通の顔」であるロンドンタクシーと痛車タクシーのみが残り、並んで静かに停まっていた。

取材協力:互助交通 http://www.gojyo-taxi.com
取材=京都文鳥社

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書いた人 : 土門蘭

1985年広島生。小説家。京都在住。ウェブ制作会社でライター・ディレクターとして勤務後、2017年、出版業・執筆業を行う合同会社文鳥社を設立。インタビュー記事のライティングやコピーライティングなど行う傍ら、小説・短歌等の文芸作品を執筆する。共著に『100年後あなたもわたしもいない日に』(文鳥社刊)。

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