みんなが恋する映画館「ブルーバード」の40年とこれから

同じ場所に何度も訪れたくなる理由は、風景や食べ物など様々だ。しかし、なかでも大きいのは「人」ではないだろうか。

いわゆる名物店長や名物女将がいるところに人は集まる。彼らがいることが、その場所にとって何よりの財産だ。

大分県別府市にある映画館「別府ブルーバード劇場(以下、ブルーバード)」にも、「照(てる)ちゃん」と呼ばれ、ファンに愛され続ける名物館長の岡村照(おかむら・てる)さんがいる。

彼女は40年以上、たった一人で映画館を守ってきた。昭和24年の創業から営業を続ける昔ながらの映画館は、街の名物になっている。

ブルーバードは客席数こそ限られているが、最新の映画館にはない魅力がある。

真っ赤な座席に、最前列には赤いソファ。そして、館長が自ら窓口に売り子として立つチケット売り場。これぞ街の映画館というレトロな空間に足を踏み入れると、タイムスリップしたような気分に襲われる。

そんなブルーバードには映画ファンはもちろん、阪本順治、塚本晋也、井浦新、斎藤工などの著名な映画監督や俳優が訪れる。みんな「照ちゃん」に会いにくるのだ。

この夏には、そんなブルーバード劇場で映画祭を開催するためのクラウドファンディングも行われ、目標の119%の支援額を達成した。


プロジェクトが掲載されたのは、CAMPFIREとPARCOで共同運営されるクラウドファンディングサービス「BOOSTER」

イベントや新作映画の舞台挨拶では満員になるものの、普段は観客が一人の時もあるというブルーバード。

なぜ、館長の岡村さんは40年にもわたって劇場を守り続けることができたのだろう? そして、地元の人だけでなく、映画関係者からも愛される理由とは? 

岡村さんに加えて、ブルーバードに魅せられ、東京と別府を行き来しながら運営を手伝う映画ライターの森田真帆さんにも話を伺った。

観客が一人でもやっていける

茅島

ブルーバードが開館してから長い歴史がありますよね。お客さんが一人だけの時もあると伺いましたが、なぜそれでも続けられるんでしょうか?

岡村

そもそも従業員が私一人だけだし、自社ビルだから家賃もかからないんです。儲けもほとんどないんだけど、なんとかやっています。でも一番は、やっぱり映画が好きだからですね。私は映画以外、ほかのことが何もできないもの。

茅島

お客さんは常連の方が多いんですか?

岡村

そうですね。毎日来る人もいれば、一日に何回も来る人もいて、来るたびに「今日も大変ですね」なんて声をかけられています。まあ、映画というのは賭けみたいなもの。長年、ブルーバードでかける映画を選んでいますけど、当たるときも当たらない時もありますから。

茅島

映画館のレトロな雰囲気が素敵ですが、映画を流すときは映写機を使うんですか?

岡村

普段は使わないですね。今はフィルムではなくデジタル式の「DCP(デジタル・シネマ・パッケージ)」が主流になっていて、ハリウッドや東宝のような大きな映画会社の作品はDCPでないと流せないの。うちの規模だとDCPの機械を入れるのが難しくて、普段の上映ではブルーレイを使っています。でも、映画祭の時には映写機を使いますよ。それにデジタルが主流になる前は毎回、私が映写機を回していました。昔からのファンの方には「デジタルの映像は綺麗だけど、フィルムはフィルムで味がある」とよく言われますね。

茅島

そもそも、岡村さんはなぜ映画館の館長になったのでしょう?

岡村

私が高校三年生の時に、父が「テアトルブルーバード」という名前の映画館を始めたんです。それがちょうど70年前ですね。私も高校を卒業したら、すぐそこで働き始めました。

茅島

70年も映画に携わられているんですね。いつからお一人で?

岡村

41年前、父からテアトルブルーバードを夫と一緒に引き継いだんです。でも次の年に、夫が亡くなってしまって。そこから40年間、ずっと一人でした。だから、今は真帆ちゃんが手伝ってくれて助かっています。

ブルーバードに恋をした、東京の女性

岡村さんが「真帆ちゃん」と親しげに呼ぶのは、東京で活動していた映画ライターの森田真帆さん。以前、一人旅で別府を訪れた際、ふらりと立ち寄ったブルーバードで岡村さんに出会ったという。

その後、森田さんは東京と別府の二拠点生活をしながら、普段の上映作品を決めたり、イベントを主催したりとブルーバードを手伝い始めた。


親しげに話す森田真帆さん(写真右)と岡村さんのやりとりからは、ただのビジネスパートナーにはない温かさを感じた

茅島

東京と別府は決して近くはない距離だと思いますが、なぜ森田さんは劇場の手伝いを始めたのでしょうか。

森田

最初は、映画館の雰囲気と、チケットと一緒にお菓子をくれた照さんの温かさに惹かれたんです。そして、照さんがシングルマザーとして歩んできた人生を知り、彼女が続けてきた劇場のためならなんでもしたい、という一心でお手伝いを始めました。もう、ブルーバードに恋をしたような気持ちだったというか。かつて昭和の頃のブルーバードは、毎日が満員御礼だったと聞きます。当時に戻ることはもちろんできませんが、その頃の活気をいつか劇場に取り戻したいと思っています。


ブルーバードの廊下には、映画関係者のサインが数多く飾ってある

茅島

森田さんが恋したブルーバードの魅力は、どんなところですか?

森田

都会の大きな映画館とは違う、とても昭和らしい自由さが好きなんです。昔の映画館では、上映中に観客みんなが声をあげて笑って、好きなものを食べて、飲んで、ワイワイと娯楽を楽しんでいたと聞きます。ブルーバードにはお弁当を持ちこんで食べながら見るお客様もいれば、売店ではポテトチップスだって売っています。私も最初は、上映中にポテトチップスを食べる音が気になりました。でも次第に、これこそが素敵なところだと思うようになったんです。ロビーでニコニコしている照さんが、上映時間になるとゆっくりと映画をかけに行く。ラブシーンで聞こえてくるおせんべいの音に、思わず吹き出してしまう。上映後には、ロビーで地元のおばあちゃんや女子高生が照さんを囲んで映画の感想を言い合う。そんな人間くささが、ブルーバードの魅力だと思っています。

茅島

森田さんは映画ライターとしても活動されていますが、ブルーバードのような地方の映画館の役割をどのように考えますか。

森田

東京に住んでいると、インディペンデント作品からメジャー作品までたくさんの映画が公開されています。それらすべてを地方の映画館でカバーすることは難しくて。でも、地方の映画館ならではのよさもあります。大分県にはブルーバードのほかに、大分市の「シネマ5」と日田市の「リベルテ」という素敵なミニシアターがふたつあるのですが、それぞれ映画のセレクトや映画館の雰囲気が個性的なんです。そんな風に、小さいけれどちゃんと個性がある面白い映画館が、地方にはまだまだあると思います。今は「映画館離れ」が進んでいるとも聞きます。でも、ミニシアターで低予算の映画も知る人ぞ知るマニアックな映画も、いろんな作品を上映することで、地方の中高生や若者が様々な映画に触れるチャンスになると思うんです。

茅島

なるほど。若者たちが多様な作品と出会う場として、地域の映画館の役割があるんですね。別府は温泉地としても有名ですが、地元以外のお客さんも意識されていますか?

森田

最近では外国人のお客様も立ち寄ってくださるので、英語字幕上映を試みて、インバウンド需要の可能性も感じています。例えば、せっかく旅行に来たのに雨で何もすることがない時に、日本映画を観てみたいという観光客の方が立ち寄ってくださったら嬉しいですね。映画祭以外にも、まだまだ映画館を盛り上げる方法はあると思っています。

一人はさみしい。だからこそ、映画館を続けられる

茅島

もう一度、岡村さんにお聞きしたいのですが、映画館長としてのやりがいはなんでしょうか?

岡村

それはもちろん、人が沢山来てくれることですね。昔はお正月になるといつも満員で、大変だったけど楽しかったですよ。映画『男はつらいよ 花も嵐も寅次郎』のロケ地にうちが使われたときは、完成した映画を観に、地元の人が大勢来てくれましたね。


阪本順治監督の作品『顔』でブルーバードの映写室がロケ地に選ばれた。掃除したところ「古くて歴史がある感じが良かったのに」と、元に戻されたこともあったそう

岡村

私は別に、映画館という形にこだわってるわけじゃないのよ。誰かやりたい方がいれば、引き継ぎたいと思ってます。

茅島

そうなんですね。それでも営業を続けているのはどうしてですか?

岡村

やっぱり、映画が好きなんです。あとは、昔は別府にブルーバード以外にも映画館があったけれど、今ではここだけになってしまったでしょう。だから、やめるにやめれなくてねえ。もちろん、一人で続けるのはさみしいですよ。でも、さみしいから映画館をやっているのもあるわね。こうして映画館に立っていると、お客さんに会えるでしょう。だから続けていられるのよ。

茅島

館長にとって、映画が生きがいなんですね。

岡村

そうなのよ。大好きなんです。

当たり前にある風景を継続することは、決して簡単なことではない。

映画館は、様々な人の想いや人生が交差する場所だ。だからこそ、ブルーバードにはたくさんの人から続けてほしいという想いが集まるのだろう。

岡村さんが街を歩けば、誰彼となく声がかかり、「頑張ってるね!」と励ましてくれる。森田さんが映画館の前でチラシを配っていると、「館長さんは元気?」と道行く人が挨拶する。

別府の唯一の映画館が生んだ名物館長は、今ではしっかりと街のアイコンになっている。

岡村さんは最後に、こう語ってくれた。

「正直、こういうインターネットのクラウドファンディングというのもよくわかってないの。でも、皆さんのお気持ちはとてもありがたくて。お金を出してくださった人、そして映画館に来てくださる人には、ありがとうの気持ちと一緒に、映画の切符を渡したいです」

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書いた人 : 茅島 直

CAMPFIREプランナー。BAMPERとして、全国を飛び回ります。

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