「金正日萌え」で逮捕! 韓国のパンクスがレールから外れた理由


10年ぶりの韓国・ソウルは、想像していたより、随分と都会になっていた。僕がこの街に来たのは、友人であるパク・ジョングンくんに会うためだった。会うといっても初対面だ。今までは、ネット上でしか交流したことがない。

パクくんと交流を持つきっかけになったのは、5年前、当時所属していた会社のニュースサイトでパクくんの記事を書いたのがきっかけだった。

▼韓国で「金正日萌え」とツイートした青年が逮捕される
http://news.nicovideo.jp/watch/nw183285

ネタ元である友人からこの情報がもたらされたとき、僕は半信半疑だった。本当にそんなことがあるのかよ、と。しかし、裏付け取材をしていくと本当だった。パクくんは「国家保安法」という時代遅れの法律で捕まってしまったのだ。これは見せしめ以外の何物でもない。


拘留中のパクくん。

国家保安法の制定は、1950年に勃発した朝鮮戦争にその起源がある。このロシアとアメリカの代理戦争によって、朝鮮半島は北朝鮮と韓国に分裂。今も北朝鮮と韓国は休戦状態であり、形式上はまだ戦争が続いていることから、韓国では北朝鮮を褒め称える発言や行為をした場合、逮捕されてしまうのだ。

パクくんが罪に問われている第7条「讃揚・鼓舞罪」は、以下のようなものである。

「第7条(讃揚・鼓舞等)  国家の存立・安全又は自由民主的基本秩序を危うくするという事情を知って反国家団体又はその構成員又はその指令を受けた者の活動を讃揚・鼓舞・宣伝又はこれに同調し、又は国家変乱を宣伝・煽動した者は、7年以下の懲役に処する」

このニュース記事はそれはもうバズった。パクくんの塀の中からの笑顔の写真がおかしさを増幅させた。韓国のことをネットで書くと、普通は炎上してしまうのだが、この記事に関しては、日本のネットユーザーも好意的だった。「ワロタ」「俺らみたいなのが韓国にもいたのか」などといった意見がほとんどだった。

当時、韓国は李明博(イ・ミョンバク)政権で若者はその政策に大いに不満を持っていた。超学歴社会が加速し、就職もままならない。例え、大手財閥企業に入っても、さらなる競争は続いていく。徴兵制もある。

パクくんはそんな時代に背を向けるようにカメラマンを生業とし、個人で写真スタジオも所有していた。韓国社会のレールから外れた僅かな、本当に貴重な人物だ。そして、その傍らに音楽プロデュースもしている。そのバンドは、バムソム海賊団というグラインドコアバンド(※)。ファーストアルバムは『ソウル火の海』である。

※グラインドコアは80年代中盤以降に現れたハードコア・パンクの系譜にある暴力的な音楽。楽曲のテンポが速く、ノイジーなギターが特長。

そんなこんなで5年の歳月が流れ、僕は山形国際ドキュメンタリー映画祭のサイトを見ていた。アジア映画の特集上映のところで、目が止まった。『バムソム海賊団 ソウル・インフェルノ』という映画が上映予定に入っていた。これは、もしや、と思い、あらすじを読んでみると、

「韓国社会の様々な問題と接点を持ちながら、若者の閉塞感をシャウトするグラインドコア・バンド、バムソム海賊団。しかし2012年、友人/プロデューサーが国家保安法で逮捕され……」

とある。この友人/プロデューサーはパクくんのことである。僕が取材したときのことがちょうどドキュメンタリー映画として記録に残っていたのだ。

彼は今、どうしているのだろう。そして韓国社会、韓国の街はいったいどうなっているのだろう。僕は自分の目で確かめてみたくなった。現在の韓国の大統領は文在寅(ムン・ジェイン)。久々の左派大統領である。僕はパクくんにアポイントをとり、会う約束をとりつけてから、ソウルに飛んだ。

パクくん本人に初めて会い、話を聞く

とある駅でパクくんを待っていると、10分ほど遅刻して彼は現れた。飲みながらでも話そうということになったが、パクくん、植毛の手術をしたばっかりでお酒を飲んではいけないとのこと。

では、ということで、おいしいと評判のタッカンマリの店で早速話を聞くことになった。しかし、あっけらかんと植毛のことをいうあたり、韓国と日本のカルチャーギャップを感じて、ちょっとワクワクしたのは言うまでもない。

ちょっと昔のはなしになるんだけど、裁判は結局どうなったの?

第一審、第二審、第三審、日本でいう最高裁判所に行って無罪。二審の時に、2年の懲役を受け渡されたんだけど、その時に証拠をいっぱい出したのが功を奏したんだ。

周りの反応はパク君に味方していたってこと?

拘束されて、解放されたときに、供託金が100万必要だったんだけど、ツイッターで募集したら、結構な額が集まった。その上、個人で30万ぽんってだしてくれたひとがいたから、最終的にはお金が余ったよ。

拘束されていた時はどんな生活だった? つらかった?

初めは独房にいたよ。国家保安法違反で捕まった人たちはみんなそうなんだ。でも僕は独房の環境が気に入らなくて、ほかにも人がいる共房に移してくれって頼んだ。

共房ではみんなから、どんな罪で来たのかって聞かれたよ。国家保安法っていったら、その罪で捕まる人が今のこの国にもいるのかってね。1週間ぐらいはスパイなんじゃないかって言われてた(笑)。

あはは。

でも、僕はすぐに釈放されると思ってたんだよ。みんなはスパイがすぐに釈放されるわけないと思ってたみたいだけど、僕には手紙も毎日来ていたし、新聞やニュースにも出ていたからね。

釈放されてからは、みんなにこの一連の事件を知らしめることをやっていたそうだけど、具体的にはどういうことをしていたの?

芸術活動、表現活動だね。アーティストの人と協力して、国の支援を受けてやる活動は、言論の統制を受けないから。アーティストからの依頼で、僕が裁判官の服を着て、友達に北朝鮮の軍服みたいなものを着せて、劇をやったりもしたな。

へぇーそうなんだ!

そんなことしても捕まらないのに、Twitterでは捕まった。矛盾しているよね。今でもおかしいと思ってる。

今回の一件で何か変わったことはあった? 人生が変わったとかそういうような。

特にないよ。事件があったからと言って、会う人も変わらないし、友達も変わらない。僕はもともといろいろ活動をしていたから。変化があったとすれば、事件のおかげで有名になったこと。事件をきっかけに知り合った人もいて、表現の仕事の範囲が増えたことくらいかな。


韓国の大統領官邸・青瓦台

では、パクくんはこの事件で韓国社会はいい方に動いたと思う?

思わないよ。むしろ悪くなった。さらに今の政権になって、みんなが政治にあんまり関心をしめさなくなった。北朝鮮のこともみんな相変わらず怖い存在だと思っているしね。僕が捕まる前は、北朝鮮のツイートもみんなリツイートしていたけど、今は第二のパクさんみたいになるのはいやだって、みんなそういうこともしないんだ。腰砕けになったよね。

パク君が金正日万歳とか言ったりするっていうのは、ある種の韓国社会の批判っていうか、そういうものの裏返しだと思うんだけど。どうして危険を顧みずにそういうことをするの?

韓国の人たちが北朝鮮に対して全然言及をしないからだよ。怖い国かもしれないけど、僕はみんなが北朝鮮のことを話題にしないのが不思議なんだよね。北朝鮮にはTwitterのアカウントもあるし、北朝鮮の情報には触れようと思えばいくらでも触れられる。もっと北朝鮮の話題に触れてもいいじゃん、という気持ちで言及し始めたんだ。


北朝鮮公式であると目されているTwitterアカウント@uriminzok(わが民族)

韓国社会には、北朝鮮との軋轢をなかったことにしようっていう風潮があるの? 南北統一への意識も気になるな。

統一は昔の話で、今の人たちはそもそもそういうことに関心がないんだよ。統一しようがしまいが関係ない。それに、統一の活動をしていた人たちもほとんどみんな逮捕されているからね。そこには触れない方が若者たちとってはいいんだよ。

でもパク君は韓国の若者に、もっと社会情勢や政治問題に興味をもってほしいと思っているよね?

そうだね。若い人は特に持つべきだよ、持った方がいい。そうじゃないと自分たちが損をする。なぜかといえば、政治家が政治に無関心な若者を軽視して、自分たちに都合のよい世界をつくろうとするから。それに若い人たちは北朝鮮に関心を持つためにも、兵役とちゃんと向き合った方がいいね。北朝鮮のことをまじめに考えざるをえなくなるよ。

現在の韓国社会のこと

今の韓国社会で、パク君が問題に思っていることは?

あまりに多すぎるよ。まず現在の文在寅政権が直面しているいろんな社会問題についていえば、その対応がよくないと思っている。なぜなら、政権の対応が問題の構造にメスを入れるようなものになっていないから。

文在寅政権というのは一応リベラルを語っているけど、これまでの政権と根本的には何も変わらないんだ。労働環境や就職もよくなっていないしね。

ただ、これまでの政権と違って、税金の使い道だけは見えるようにしているから、人々がちょっと希望をもてるようになったかもしれない。北朝鮮に対しても、文在寅は太陽政策を掲げているしね。

パクくんは北朝鮮に対しては友好的な態度の方がいいと思っているのかな?

そういうわけではないんだよね。そうではないんだけど、北朝鮮のことを普通に話せない社会はおかしいと思ってるから、ある種のカウンター的に北朝鮮を持ち上げるような発言をしているんだ。その点、今の政権はありがたいことに、北朝鮮の動画をアップしても逮捕してこない。政権がどれだけ市民を管理しようとしているのか、そういうところからわかるんだよ。

区切り線

パクくんと別れたあと、韓国のアッパー層が集まると言われるカンナム地区にタクシーを飛ばして行ってみた。川を越えるとあからさまに景色が変わる。はっきり言って、その変化度は日本の六本木や表参道などの比ではない。並んでいる車はすべて高級車、そびえ立つビルやマンションもいかにも大金持ちが住んでいますというオーラを讃えていた。

僕はなんだか気持ちが落ちてしまった。超格差社会を感じたからだ。そのマンションや外車は、小さいころからの競争を生き延びてきた勝者が手にするもの。そして、その競争は一生続く。

人を蹴落としながら生き続けて、その結果に高級マンションや外車を手に入れたとして、果たして人生は幸せだろうか。見栄とプレッシャーの間で苦しんでいる人々を想像し、僕はそんなことを思ったのだった。

しかし、その一方でパクくんのように、レールを外れても、生き生きと自分の人生を納得して生きている者がいる。誰に忖度することもなく、北朝鮮に対する態度も堂々としている。そういう若者は、韓国ではごくわずかだ。いわばパクくんは韓国のパンクス。今の日本にパクくんのようなパンクスは何人くらいいるんだろう。

自由に生きているやつはカッコいい。みんながみんな同じ価値観なんてつまらない。どんな国だろうが、政権だろうが、自分を信じて自分の信念で人生を切り開いていくしかない。それがきっと、この世界で生きていくということなのだ。

書いた人 : 神田桂一

ライター/編集者。『POPEYE』『ケトル』『スペクテイター』『クイックジャパン』など主にカルチャー誌で執筆。初の著書『もし文豪たちがカップ焼きそばの作り方を書いたら』(宝島社)が11万部を超えるベストセラーに。続編の『もし文豪たちが〜青のりMAX』も発売中。

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