「渋谷にも貧困はある」渋谷区長とNPOが教育格差へ挑む

貧困家庭へ配布する「スタディクーポン」の可能性とは?

この記事はSmartNews ATLAS Programとの連動企画です

貧困家庭の子ども向けに、塾などで利用可能な「スタディクーポン」を提供するプロジェクトが話題を呼んでいる。
10/12にCAMPFIREで始まったクラウドファンディングは、開始1カ月ですでに支援金額700万円を突破。テレビや新聞をはじめ、数多くのメディアでも取り上げられた。


10/12には文部科学省でプロジェクト発足の会見が行われた(写真提供:スタディクーポン・イニシアティブ)

このプロジェクトが挑むのは「教育格差」だ。受験のために塾で毎日勉強する子どもがいる一方で、毎月数万円の塾代を親が払えず、行きたい塾に通えない子どもがいる。そうした機会の格差は、子どもの将来へと影響を与えてしまう。

すべての子どもたちに平等な機会を与えたい。そんな理想を実現するためのプロジェクトとして、教育関連のNPOと民間企業、そして行政である渋谷区の連携で「スタディクーポン・イニシアティブ」は結成された。

教育格差の解消だけでなく、「子どもの夢を応援できる社会」をつくるスタディクーポンの可能性とは?

「スタディクーポン・イニシアティブ」の発起人であり、ともにNPOの立場から教育格差の問題に取り組んできた今井悠介さんと安田祐輔さん、そして渋谷区長・長谷部健さんの三名に話を聞いた。


写真左から、公益社団法人「チャンス・フォー・チルドレン」代表理事の今井悠介さん、渋谷区長の長谷部健さん、NPO法人「キズキ」理事長の安田祐輔さん

民間主導で「学校外教育」に取り組む

友光

まず、「スタディクーポン」の仕組みについて教えていただけますか。

今井

クラウドファンディングで支援(寄付)していただいたお金を元手として、低所得世帯の子どもにクーポンを届けるシンプルな形です。対象となるのは渋谷区内に住む中学3年生。クーポンは取り組みに賛同いただいた学習塾や家庭教師、通信教育などで使えます。個人に紐づけて提供するので、クーポンを違う人が使ったり、換金することはできません。


スタディクーポンの利用期間は2018年4月からの1年間を予定。今回の寄付から半年以内に、子どもたちの元へクーポンが届く

友光

そもそもスタディクーポンの取り組みを始めた理由はなんだったんでしょうか。

今井

僕は6年間、東北などで教育格差の問題に取り組んできました。ひとり親だったり、親が病気だったりして収入が少なく、塾に通えない。もしくは1科目しか塾で勉強できない子どもたちを見てきました。金銭的なことは、子どもの努力だけではどうにもなりません。でも、家庭だけの問題にしておくのはどうなんだろう? もっと社会全体で取り組むことができるんじゃないか? そんな風に考えたんです。

安田

僕は中退や引きこもりの人向けの塾を運営していますが、やはりお金がなくて塾を辞めて行く子は何人もいました。公教育(学校での教育)では低所得世帯の子ども向けに、税金による公的支援があります。でも、学校外教育にはそれがない。そもそも学校外教育への支援については、社会全体での議論がほとんどされてこなかったんです。


今井悠介さん…関西学院大学在学中、NPO法人で不登校生徒支援に関わる。大手学習塾勤務ののち、公益法人「チャンス・フォー・チルドレン」を設立。今年10月「スタディクーポン・イニシアティブ」を始動し、代表に就任する

友光

長谷部区長は行政として、学校外教育についてはどのように考えていたのでしょうか。

長谷部区長

現実問題、受験のためにかなりの子どもが塾へ行っていますよね。だから学校外教育へのサポートの必要性は感じていました。しかし、税金はフェアに使わなければいけないですから、公的な支援はどうしても公教育向けになっていて。そこで「民間主導で学校外教育を支援したい」という話をいただいたんです。断る理由がありませんでした。私はもともとNPO出身で、「行政の手の届かない部分でこそNPOが活躍すべき」と思っていたんです。だから、NPOにフィットするいい形だなと。

今井

僕たちとしても、行政と組めるのは大きなチャンスでした。これまでの活動を通じて、民間だけでは困っている子どもたちを把握しきれなかったんです。学校の先生やケースワーカーの協力がないと、彼らの存在に気づいたり、彼らに支援の情報を正しく伝えることは難しくて。

安田

渋谷区には新しいことを積極的に取り入れているというイメージがあります。そんな自治体とスタディクーポンという新たな形を一緒に作れるのはいいなと思うんです。

長谷部区長

別に渋谷区が新しいもの好きなわけじゃないんですよ(笑)。ダイバーシティ推進のような先進的な政策に取り組んでいるかもしれませんが、あくまで時代に対して精一杯対応しているだけで。研究者やシンクタンクとも連携しながら効果を測定して、スタディクーポンの全国での政策化も目指していくと聞いています。


長谷部健さん…博報堂を退職後、ゴミ問題に関するNPO法人「green bird」を設立。2003年に渋谷区議に当選し、計3期区議を務める。2015年から渋谷区長に

渋谷区からみる「相対的貧困」とは

友光

スタディクーポンの報道に対して、「渋谷区に貧困家庭があるの?」という反応も多く目にしました。

長谷部区長

「渋谷」と聞いたら渋谷駅周辺をイメージする人がほとんどでしょう。でも、意外と渋谷区って広いんですよ。広尾や恵比寿のような町もあれば、木造住宅が密集している地域もある。渋谷区は世帯の平均年収が高い地域ですが、公立中学に通う子どもの約30%が就学援助を受けているという状況です。他の区と違うのは、低収入でも上を向いている人が多いことかな。カメラマンやデザイナーの卵みたいな、夢を追ってる途中でまだ稼げてない人とかね。

友光

就学援助を受けているのが約30%とは、意外と多い印象です!

長谷部区長

そうでしょう。しかも、渋谷区は半分くらいが私立中学に行くんです。だから、貧富のあり方が昔ながらの下町のような場所とは少し違うと思います。よりグラデーションが強いというか。

今井

貧困って都市問題なんですよ。深刻な貧困家庭は都市に多い。渋谷区のような都市の場合は「相対的貧困」の問題がより大きくて。

友光

「相対的貧困」という言葉について、少し説明していただけますか?

安田

その地域における当たり前が自分にない、という状態です。例えば渋谷区の場合、周りが受験のために塾へ行っているのに、自分は行けないという状況が他よりも起きやすい傾向にある。こうした「みんなにできることができない」という感情は、子どもから自己肯定感や自尊感情を奪ってしまいます。

今井

だから、スタディクーポンは「子どもが選択肢を持てるようにしたい」という取り組みなんです。お金がなくても自治体やNPOが運営する無料塾なら通えるかもしれない。でも、本当は自分の行きたい塾に行けることが一番望ましいですよね。「友達と同じ塾に行きたい」なんてことも、思春期には多いでしょう。

長谷部区長

勉強したくても諦めていたような子どもがいるんだと思います。このプロジェクトですべての子が救われるとは思わないけど、その第一歩になればいいなと願っています。


安田祐輔さん…2010年に不登校、ひきこもり、中退、再受験など、「もう一度勉強したい」人のための個別指導塾「キズキ共育塾」を開設。その後NPO法人化する。今井さんと共に「スタディクーポン・イニシアティブ」の立ち上げに参画

NPO・行政・企業が協働する新しさ

友光

今回のようにNPO・行政・企業が協働する形は「コレクティブ・インパクト」と呼ぶそうですね。海外では主流になりつつあると聞きます。

長谷部区長

それぞれの得意分野を持ち寄って、大きな課題へ取り組むいい形ですよね。日本ではまだまだ珍しいですが。行政と企業の間には、どうしても壁のようなものがある。NPOにはその壁をうまく取り払って、二つをつないでくれる役割を期待しています。

今井

学校と学校外、福祉と教育の間にも壁はありますから。「スタディクーポン・イニシアティブ」が、いろんな垣根を超えるきっかけになればと思っています。

安田

別にコレクティブ・インパクトが目的ではなかったんです。でも、最初にスタディクーポンというアイデアを思いついた時、資金集めや広報の面で自分たちだけでは無理だと。それこそ今回の目標金額である1000万円なんてとても。そこで、渋谷区にあるスマートニュースやCAMPFIREなどの企業が協働してくれることになったんです。さらに、新公益連盟の駒崎弘樹さん(認定NPO法人「フローレンス」代表)も協働メンバーとして、渋谷区との間をつないでくれました。

長谷部区長

タイミングもちょうどよかったんですよ。渋谷区としても、社会課題に取り組むNPOと積極的に組んでいこうと思っていた頃で。なんといっても私自身がNPO出身ですから。でも、区長1、2年目は他にやらなければいけないことが山積みでとても手がつけられず、3年目でやっと挑戦できた。理想的な座組みができたと思っています。

これからは「お金をどう使うか」を評価していく時代

友光

今回のようなクラウドファンディングで寄付を募るケースは、日本で徐々に増えてきているように感じます。

長谷部区長

自分のNPO時代を考えても、寄付でお金を集めるのはなかなか難しかった。ネットの普及もあると思いますが、クラウドファンディングへの意識も伸びてきているんじゃないでしょうか。もともと日本には、富裕層が社会のためにお金を使う「ノブレス・オブリージュ」的な精神が希薄ですよね。「お金持ち=悪」みたいなイメージもまだまだあって。だけど、見方を変えればお金は道具。上手に使っている人は褒められるべきだし、これからは「お金をどう使うか」を評価していく時代に変わっていくんじゃないかな。

今井

NPO業界で1000万円を集めようなんて、なかなか大変でしたからね。支援していただいた皆さんの大きな想いを背負うわけなので、我々「集めて使う側」の姿勢はとても重要だと感じています。

安田

高額の支援をしてくださった方ほど、その後もTwitterでスタディクーポンに関するツイートをしてくださっているんです。

長谷部区長

「もの言う株主」になっていく感じだよね。それでいいと思います。

今井

一番には、スタディクーポンを受け取った子どもと家族に変化が起きて欲しいです。でもその次に、寄付者にも変化があってほしいんですよ。なぜなら「自分の出したお金で社会が変わっていく」実感を持っていただけるはずなので。

安田

「こういうことに使って欲しい」という意思を持ったお金の使い方だと思うんです。だから僕たちも、社会を変えられる実感をちゃんと返して行かなければと思います。

子どもの夢や可能性を応援できる世の中に

友光

プロジェクト開始直後の反響が大きかったですよね。開始から数日で500万円を突破していましたが。

今井

同じ教育格差の問題を抱える自治体から「うちでもやりたい」という声をいくつもいただきました。市民の方もわざわざ応援の電話をしてくれたり。

安田

僕が運営する塾の卒業生たちも、次々と支援してくれたんです。「自分たちは親がお金を出してくれて塾に通えたから、今すごく幸せになれた。だから、私たちは下の子たちを応援したい」と言って…。

長谷部区長

泣ける話じゃない。いい循環が生まれてますね。自治体としては、社会課題への取り組みに寄付することが「ふるさと納税」の新しい形にもなるんじゃないか、と思っているんです。地元の街が教育に力を入れているから、それを支援するというのもありなんじゃないかな?と。

友光

区長はプロジェクトの発表会見で「習い事やスポーツにも広がってほしい」と発言されていましたね。

長谷部区長

東大へ行くのも甲子園に行くのも、子ども時代の「成し遂げた」体験という意味では変わらないと思っているんです。野球がとても上手なのに、家の事情で続けられない子どももいるはずですよね。子どもの才能は実にさまざまで、それを伸ばすための場は公教育の外にもたくさんあります。だから「スタディクーポン」という方法は、勉強以外にも広がっていく大きな可能性を持っているはず。子どもの夢や可能性をまっすぐに応援できる世の中は、とても理想的だなと思うんですよ。

今井

プロジェクトを通じて子どもが才能を開花して進んでいく姿を見れば、支援者も勇気づけられますよね。そんな風に、プロジェクトに関わる人全員が高め合っていきたいです。そして何より、子どもたちに「自分の家族や身近な人以外でも、自分を応援してくれる大人がいるんだよ」と気づいてほしい。それが困難な状況を抜け出す一番の原動力になるはずですから。

※プロジェクトは11/30まで。ご支援はこちらから!

お金がなくて塾に通えない中学生に、みんなの力で「スタディクーポン」を届けたい!
  • 目標金額
    10,000,000円
  • 内容
    お金がなくて塾に通えない中学生がいます。現在の日本は親の所得格差が子どもたちの教育格差(塾代格差)につながってしまう社会です。私たちは「スタディクーポン」を低所得世帯の子どもたちに届けることで、この問題を解決したい、解決できると考えています。みなさまの応援をクーポンに変えて、子どもたちに届けます。

書いた人 : 友光 だんご

1989年生まれ。岡山県出身。早稲田大学文化構想学部卒。出版社勤務ののち、2017年3月より編集者/ライターとして独立。Huuuu所属。犬とビールを見ると駆けだす。

写真 : 藤原 慶

21歳からカメラとバックパックを持って日本放浪の旅に出る。
全国各地を周りながら撮った写真を路上で販売し生き延びる生活を続け、沢山の出逢いと経験を積む。
現在は東京に落ち着きカメラマンとして活動中。

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