“無所属の男”がたどり着いた小さな芽を育てる仕事

ロフトワーク二本栁友彦の「できないからこそ、できたこと」

日本のものづくりの海外展開を支援する「MORE THAN プロジェクト」「JAPAN BRAND FESTIVAL」をはじめ、公私問わず数多くのプロジェクトに関わる株式会社ロフトワークの二本栁友彦さん。
「自分は何もできないからこそ、人を巻き込み、人を信じる。だからこそプロジェクトマネージャーの仕事ができる」
消去法の末たどり着いた、二本栁さんの「無所属」の仕事論に迫った。


プロフィール
二本栁友彦(にほんやなぎ・ともひこ)
1977年大阪府岸和田生まれ。千葉大学卒業後、建築設計事務所に勤務。その後、廃校活用施設「ⅡD 世田谷ものづくり学校」に勤務し、ワークショップ・イベント・展示の企画を担当したのち、企画室長・広報としてマネジメントを経験。2014年ロフトワークに入社し、地域産業とクリエイティブを融合させ、国内外問わずマーケットの獲得を目指すプロジェクトを中心に、行政、コミュニティ、空間に関連する業務を担当している。また、本業の傍ら日本全国を活動拠点とし、スペース活用やコミュニティ構築、イベント企画などを手がける。旧姓は秋元。

小さな芽を見つけて育てることばかりしている

二本栁さんと初めて会い、名刺交換をした人の多くが発さずにはいられない言葉がある。
それは、「『無所属』ってなんですか?」というものだ。

友光

ロフトワークはWebやプロダクト、空間などをデザインする様々なプロジェクトを手がけるクリエイティブエージェンシーですよね。デジタルものづくりカフェ「Fab Cafe」も運営し、「クリエイティブ」や「テクノロジー」のような分野に強い会社だと思うのですが、なぜ名刺の肩書きに「無所属」と……?

二本栁

僕はウェブに疎いし、ロフトワークの代表的な仕事とはあまり関連のないところが得意だったんですね。その中で、会社のミッションに掲げている「クリエイティブを流通させる」仕事は得意でした。だから入社時に、担当部署をどうしよう、という話になって。それなら最初から部署を決めてしまわない方がいいだろうと、今の肩書きになりました。

二本栁

実際、何をやっている人かわからないとよく言われるので、はじめに活動内容をお話しするほうがいいでしょうね。社外だと、「世界ふぐ協会」を企画したり、お酒好きが集う「だめにんげん祭り」を設立したり、「世田谷パンまつり」「二子玉川ビエンナーレ」などの立ち上げにも参加しました。最近では「ちんぷんかんTOKYO」というギャラリー&スナックも経営しています。他にもたくさんあるんですが。


右上/日本さらには世界へふぐの美味しさを伝えるべく、ウェブ上での啓蒙活動やふぐ食イベントを開催する「世界ふぐ協会」。左上・右下/酒蔵巡りのバスツアーなどを企画する「だめにんげん祭り」。左下/工芸作家の器でお酒を楽しめるスナック「ちんぷんかんTOKYO」

友光

本当に何者なのかわからないです…!!

二本栁

全部一から立ち上げたわけではないですよ。途中から参加したものもあるし、乗っかったものもあります。僕は何もないところから新しいものを生み出すのは得意ではなく、なにか面白そうな「小さな芽」が出ているのを見つけて、人を巻き込みながら芽を育てて大きくすることが多いですね。

友光

「0から1」ではなく……

二本栁

「0.2や0.5からそれ以上」という感じでしょうか。

国のプロジェクトでも、かっこよくできる

友光

仕事であるロフトワークでのプロジェクトは、日本のものづくりに関するものが多いですね。

二本栁

まず、入社した頃から関わっているのが経済産業省のジャパンブランド等プロデュース支援事業「MORE THAN プロジェクト」です。

「MORE THAN プロジェクト」
海外展開を考えているジャパンブランドを有する中小企業を支援する、経済産業省の補助事業。
日本には世界と勝負できるモノやサービスを持っている中小企業がたくさんあるが、事業者の側に、海外へ売るための語学力やネットワークが乏しいところも多かった。そこで、国内のプロデューサーやデザイナーが中小企業とタッグを組み、海外展開のためのチームを形成する、その海外展開の活動をロフトワークが支援を行う取り組み。


兵庫県小野市の刃物職人と、地元のデザイナー小林新也さんがタッグを組んだプロジェクトチーム「播州刃物」。種類ごとに異なる販路で売られ、土地としてのブランドがなかった小野市の刃物を「播州刃物」としてブランド化し、海外販路を拡大しながら刃物を長く使うためのカルチャーも伝えている

二本栁

これまで国が主導してきた日本製品の海外進出支援は、展示会への出展費や、商材改良のための開発費の援助が主だったらしいんです。ただ、大きな成果にはなかなかつながらなかった。展示会に出るだけではなく、その先で「どう売っていくか」までのフォローアップの体制ができていなかったんですね。いいものができても、売れなかったら作り手にお金が落ちません。でも、ものを売るためには作り手だけでは語学力や、ネットワークが足りない。そこで生まれたのが作り手とデザイナーやプロデューサーがタッグを組んで挑戦するというスキームでした。最終的には、作り手が自分の力で海外へ出ていくことが目標です。

友光

職人が稼げる仕組みを作るということでもありますね。

二本栁

稼げないと生活できませんから、売れる商品や仕組みを作ることはとても大事です。それに、作り手が稼ぐことは、一緒に仕事をする僕たちにお金が回ることにもつながります。だから、プロジェクトに関わる人全員が幸せになることは常に意識しています。もう一つ、「MORE THAN プロジェクト」では元々ある枠組みのギリギリを狙うことを意識していました。「国の事業はダサい」みたいに言う人もいますが、「MORE THAN プロジェクト」ではプロジェクトの見せ方も内容も、カッコイイと思っていただけるレベルにあるという自負はあります。関わる人の面子を潰すような特大のアウトは論外ですが、ギリギリアウトくらいを狙うことで、おもしろい結果を生むんじゃないかと考えてやっています。もちろん、何か問題が起これば責任はとりますよ。

人と人をつなげる場をつくる

友光

もう一つ仕事で関わるプロジェクトとして、「JAPAN BRAND FESTIVAL」がありますね。

二本栁

「MORE THAN プロジェクト」が個々の作り手を応援する取り組みだとすると、「JAPAN BRAND FESTIVAL」は、その作り手を応援する人たちが集まる「場」を作る取り組み。2つのプロジェクトの機能は異なります。

「JAPAN BRAND FESTIVAL」
ジャパンブランドの魅力を発信・展開している行政機関や民間事業者が「横のつながり」を持つためのプラットフォームを作る取り組み。
組織や立場に縛られず関係を築き、活動を拡大・活性化していく現代版「楽市・楽座」のような場を生み出すことを目指し、東京・渋谷のヒカリエをはじめ、全国でトークセッションや交流イベントを開催している


2017年3月に、1年間の集大成として渋谷ヒカリエでイベントを開催

友光

「JAPAN BRAND FESTIVAL」を始めたきっかけは何だったんでしょう?

二本栁

「MORE THAN プロジェクト」を進める中で、行政や民間とかそんな枠にとらわれない、誰でも参加できるプラットフォームの必要性を感じたんです。でも、そんな枠組みがその時はなかった。同じ志を持った人たちが集まって、情報共有したり、相互に連携したりできるネットワークが生まれることで、個々でやるよりも大きく、無駄のない動きができるはずと考えたのがきっかけですね。「MORE THAN プロジェクト」と「JAPAN BRAND FESTIVAL」の機能は違えど、共通することはあって。それは「ものを作ってる人がいなければ成立しない」ということです。プロジェクトをマネジメントする立場として、僕がこういった取材を受けることも多いですが、僕一人ではプロジェクトは生まれていないし、やりきることもできていないですから。
僕一人では「なにもできない」と思ってるんです。

友光

そんな風には見えませんが…

二本栁

元々していた建築の仕事を辞めて今の業界に来ていますし、いくつも挫折を経験してます。WordやExelを使うのも、社内で一番遅いんじゃないかな。人に頼らないと仕事ができない、という気持ちは自分の根っこにあって。ただ、人を巻き込む力と、人を信じる力というプロジェクトマネージャーとしての最低限の能力は持っていた。できないことを諦めて、できることを徹底して伸ばす、消去法で今のスタイルに辿り着きましたね。

友光

「できない」という意識があるからこそ、今があると。

二本栁

コンプレックスは、必ずしもマイナスじゃないと思います。できないなりにできることもあるはず。僕はできない人間だからこそ、人のことを信じられていると思っていて。単純にみんなスゲーなって日々思っています。

面白さの種をまき、常に小さな芽を探す

友光

「できない」というコンプレックスはありつつも、これだけ色んなプロジェクトを手がけているのは単純にすごいと思います。

二本栁

「面白そうだな、やりたいな」と思ったらとりあえずやってみますね。賛同する人を集めて、一緒に挑戦する。それが仕事になった場合でも、最大限に楽しくしたいので、常に「どうやったら面白くなるか」は考えています。例えばロフトワークの名刺ひとつとってもそうです。肩書きが「無所属」だったり会社名が手書き風のロゴだと、初対面での会話のきっかけになるし、面白そうな会社だと思ってもらえますよね。そんな工夫を続けていると、声をかけていただいていろんな仕事につながるようになりました。

友光

自分で面白い芽を探すのと平行して、つながりの種もまいているわけですね。そこで「無所属」だからこそ、いろんな芽に反応できるのかもしれないと思いました。

二本栁

そうですね。肩書きを決めないのと似ていますが、チームとして人が集まったとき、同じ方向を向く必要もないと思っていて。

友光

目標を共有して一つにならなくてもいい?

二本栁

だって、それって無理してると思うんです。例えば高校野球だったら「甲子園に行こう」みたいな大目標を持つのは大事ですが、僕たちが普段やってるような仕事では難しい。動機も思惑もばらばらでも、手を携えるものが一つあれば、チームになれる。動機が不純じゃないほうがおかしいですよ。

友光

「モテたい」「お金を稼ぎたい」なんて動機でも……

二本栁

いいと思います。軍隊みたいながちがちの集団になっても面白くない。それに、今は正解が多様にある時代だと感じていて、いい悪いの判断すら関わった人の主観になっている気がしています。関わる人それぞれの違う考えをできる限りまとめて、一番価値のある結果に導く。それが、僕のできる一番の仕事だと思ってます。だから、なんでも決めすぎず、一人一人が脱線しちゃうくらいがちょうどいいんじゃないかな。その方が、小さな芽にもたくさん栄養があげられて、大きな実が育つとおもっています。

書いた人 : 友光 だんご

1989年生まれ。岡山県出身。早稲田大学文化構想学部卒。出版社勤務ののち、2017年3月より編集者/ライターとして独立。Huuuu所属。犬とビールを見ると駆けだす。

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