刑務所で描いたマンガ素材を販売⁉︎受刑者たちを変えた成功体験

「漫画家本舗」の構想は“漫画家のセカンドキャリア”から始まった⁉︎

今年9月、とあるウェブショップがTwitterを中心に話題となった。その名も「漫画家本舗」。漫画の背景用のイラスト素材を販売するサイトだ。

このサイトが話題となったのは、絵の描き手に理由があった。漫画家本舗のトップ画面には、次のように書いてある。

「当サイトの線画は受刑者の社会復帰のための刑務作業の作品が主となっています」

「受刑者」とは、山口県美祢市にある「美祢社会復帰センター」の入所者のこと。法を犯し、再び社会へ出るため罪を償う人たちが描いた絵を販売しているのだという。

サイトを運営するのは渋谷巧さん。「苑場 凌」名義で『週刊少年マガジン』(講談社)からデビューし、今も現役で活動する漫画家だ。


渋谷さんが作画を手がけた漫画作品

彼は「受刑者をアシスタントとして養成しているなんてことは一切ありません。彼らに絵を描いてもらうこと自体が目的なんです」と言う。

なぜ、絵を描くことが社会復帰へとつながるのか。そして、渋谷さんが漫画家本舗を立ち上げたそもそもの意図とは?

プロフィール
渋谷 巧(しぶや・たくみ)
山口県美祢市出身。「みね漫画塾」主宰。1991年、「ぼんくら任侠伝」が週刊少年マガジン新人賞を受賞しデビュー。以後、「苑場 凌(そのば・りょう)」として漫画家活動を行う。代表作に「ずっこけバウワウ狂走曲」、「Ohさるウエポン紋吉」、内田康夫原作の「浅見光彦シリーズ」や西村京太郎原作の「十津川警部シリーズ」のコミカライズなどがある。

初めは漫画家のセカンドキャリアのためだった


背景用素材はデータで販売されている

友光

漫画家本舗で販売している「背景用のイラスト素材」とは、どのような人が使うものなんでしょうか。

渋谷

プロの漫画家から同人作家までを想定しています。背景を描く時間がなかったり、アシスタントを頼む余裕のない人に、自分の漫画のなかで使ってもらえればなと。漫画用の「素材サイト」は、個人から企業が運営するものまで色々あるんですよ。実は、背景用イラスト素材の販売は、そもそも高齢になった漫画家やアシスタントの仕事づくりのために思いついたんです。

友光

仕事づくり、ですか?

渋谷

漫画業界には、若い頃からずっと漫画のアシスタントをして50〜60歳になったような人が、かなりの数います。彼らは素晴らしい技術を持っていますが、アシスタントに付いていた先生が引退してしまうと困るわけです。なぜかというと、やっぱり漫画の世界では若い方が重宝されるから。20歳のアシスタントですら使いにくいと言われるくらいで。

友光

高齢になってから、いきなり別の仕事につくのも難しそうです。引退したスポーツ選手でも似たような話を聞きますが。

渋谷

特殊技能を要する仕事のセカンドキャリアという点では同じでしょうね。他にも、バリバリ連載していた漫画家が年をとって弱った親の面倒をみるために故郷へ帰る、というパターンもあります。介護をしながら、ましてや東京を離れると、連載の仕事は難しい。そこで、彼らの描いた背景素材を販売するサイトを作れば仕事が生まれると考えたんですね。データのやり取りなら地方にいても可能ですから。

友光

確かに素晴らしいアイデアに思えます! でも、現在販売されているのは、受刑者の方が描いた絵が中心になっていますよね。一体なぜ…?

渋谷

漫画家のセカンドキャリアのため、というのはあくまで構想段階の話で。私の地元・山口県美祢市での出会いをきっかけに変わっていったんです。

 

自費出版の漫画をきっかけに地元・美祢市と繋がった

渋谷

2012年のことなんですが、地元に残っていた幕末の秘話を元に「あずさ弓のごとく」(※1)という漫画を自費出版したんです。

※1「あずさ弓のごとく」……白虎隊の少年が美祢で生き延びていたという実話を元にした漫画作品。150年もの間、少年が養育された地に秘かに伝わっていた話を渋谷さんが漫画化した。

渋谷

それで、美祢市の人がたまたまネットでその漫画を知って、地元で話題になったんですね。というのも、来年は維新150周年。美祢市には元々、維新関連のものはないと思われていたんですが、うちにもあったぞ!と(笑)。

友光

それは地元の方は喜びますね。

渋谷

はい。漫画をきっかけに美祢市に呼んでいただき、市長とも会う機会がありました。そこで「漫画を使って『人づくり』のようなことができないか」という話になり、地元で市民を対象にした漫画塾を始めたんです。同じ頃、地元にある美祢社会復帰センター(※2)へ見学へ行く機会がありました。私の知り合いが、刑務作業(※3)として受刑者にパソコンを使ったチラシ作りを教えていて。そこで、チラシに載せる簡単なイラストも受刑者が描いていたんですね。パソコンとペンタブを使って器用に描いているもんですから、「ひょっとして漫画の絵も描けるのでは?」と思ったんですよ。それから「チラシに載せる絵のレベルを上げるため」という名目で、センター生に絵を教えることになりました。

※2「刑務作業」……刑法で規定された、受刑者の矯正と社会復帰を促す処遇のこと。割り箸作りのような軽度のものから、家具作りのような技術を要するものまで様々な種類がある。

※3「美祢社会復帰センター」……2007年に官民協働の刑務所として発足した。初犯かつ比較的、軽度な犯罪を犯した者が入所している。

一枚の絵を最後まで「描ききる」大切さ

友光

センター生の中に漫画を描いたことのある人はいたんですか?

渋谷

いえ、未経験者ばかりでした。パソコンが使えるということで集められただけで。だから、最初に「漫画の背景用の絵を描いてみないか」という話をすると、とても冷めた目で私を見ていましたね。突然やってきて妙なことを言い出したぞと。彼らはそういう場合もNOとは言えないので、それでもやるんです。そこで「完成しました」と上がってきた絵がこちらで。

 

友光

正直、漫画の背景としては使えなさそうです…ただ、未経験者が描いたのなら仕方がないような。

渋谷

そうですね。ただ課題として出したのは、車や建物のような人工物を、写真をトレースして描く絵。フリーハンドで描く人や自然物と違って、丁寧に時間をかければもっと描けるはずなんです。

友光

絵を描くのにはセンスやテクニックが必要なイメージがありますが?

渋谷

フリーハンドの絵は確かにそうです。ですが、人工物は定規を使って線を描けるので、集中力と根気があれば、誰でもある程度のレベルまでは描けると思います。実際、いま漫画家本舗で販売している絵を描いた受刑者は、最初はみんな初心者でした。

友光

なるほど。では先ほどの絵も、もっと描けるはず?

渋谷

はい。例えばできないなりに、車の一台だけはきっちり描いて出すことは可能なんじゃないかと。だから、もしかすると「最後まで諦めずにやり抜く力」が彼らには足りないんじゃないか。たかが絵とはいえ根気よく完成させられるようになれば、彼らが社会に出た時、きっと役に立つんじゃないか? そんな風に思ったんですね。

友光

漫画塾の目的だった「漫画を通じた人づくり」ということですね。

渋谷

はい。そこで、受刑者の皆さんに絵の課題を出し、私が添削する形で指導を続けました。


月に1〜2度、渋谷さんはセンターに赴き受刑者を直接指導する。それ以外の期間は絵のデータをやり取りしながら遠隔で指導を行う。画像の赤字は実際の受刑者からの質問のコメント

友光

回数を重ねていくと、彼らは変わっていったんでしょうか。

渋谷

少しずつ描けるようになるにつれ、次第に彼らも真面目に取り組むようになっていきました。3ヶ月くらい経った頃、一人の受刑者が神社の絵をとっても丁寧に描いていたんです。そして私に「狛犬はどうやったら上手く描けますか?」と質問してきました。彼は、一番最初に僕を冷たい目で睨んでいた人だったんですよ。

友光

それが、熱心に質問するように!

渋谷

はい。私自身、みんなができるようになる自信はありませんでした。でも、ほぼ全員が脱落することなく、絵の練習を続けてくれた。そしてもう一つ、彼らを大きく変えた出来事があったんです。

描いたものが人の目に触れ、評価される喜び


『浅見光彦ミステリースペシャル(23)「汚れちまった道」』(実業之日本社)より。背景の絵は、渋谷さんが指導した受刑者が描いたもの。
©苑場凌/内田康夫/実業之日本社

渋谷

私の描いていた漫画「浅見光彦シリーズ」で、受刑者の手がけた背景素材を使ったんですね。商業漫画で使用しても何の問題もないくらい、彼らの絵のクオリティは上がっていましたから。その単行本を見せた時、受刑者の一人が言ったんです。「自分の描いた絵が漫画になるなんて、一度も思ったことがなかった」と。

友光

彼らの描いた絵を使うことは伝えてなかったんですか?

渋谷

口では伝えていましたよ。でも、堀の中はネットも通じていないし、外の世界とは隔てられていますから。実際に漫画を見るまで、うまく想像できなかったと思います。そもそも、世に出すことを想定して描いてもらった絵ではない。でも、度重なるリテイクにも耐えて、彼らはやり抜いたんです。自分の描いた絵が使われた漫画は、彼らにとって「認められた」という評価だったと思います。

友光

何万人もの目に触れたわけですよね。世代的にも皆さん漫画を読んで育った人が多いでしょうし、それは嬉しい…!

渋谷

その後、もっと彼らの絵を広めたいとネットショップ「漫画家本舗」を開設し、そこで受刑者が描いた絵の販売を始めました。すると、その取り組みがテレビの全国放送で紹介されたり、Twitterで何万人の人がRTしてくれた。漫画になったときと同じくらい、彼らは喜びましたね。彼らは犯罪を犯し、一度は自分の可能性を摘み取ってしまった。でも、慣れない絵を一年以上頑張った結果、以前では考えられなかったことができたんです。これは、社会に出ても同じじゃないかと。一つのことに真面目に打ち込めば、何かを成し遂げられる。そのことを絵を通じて知ってもらえたんじゃないか、と思うんです。

成長したのは、絵のスキルだけではない

渋谷

美祢社会復帰センターの入所者は、軽度の犯罪を犯した人たちです。だから、刑期は長くて3年。1年ほどで出て行く人も多いです。そのため、私が絵を教える受刑者もずいぶん入れ替わって、今は3代目です。つい先日センターに行ったら、新しく入った人が、この絵を描いていたんですよ。

友光

上手ですね!これはすごい。

渋谷

線をきっちり丁寧に描いていますね。この人は、僕が一度も指導していなかったんです。

友光

どういうことですか?

渋谷

絵を教えているメンバーの中で、リーダー1人と、サブリーダー2人を決めているんです。もうリーダーも3代目で。リーダーがチェックしてOKだった絵を送ってもらい、僕が最終チェックをした上で漫画家本舗に絵をアップしています。リーダーには個々のスキルも把握して、仕事を割り振ってもらう。責任感を持ってやってくださいとお願いしています。

友光

まさに職場と同じですね。

渋谷

そうです。そのリーダーの指導を受けた人が、先ほどのレベルの絵を描いた。しかも、練習でですよ。サイトで売るためではなく自主的に。そんな風に立派なチームにまで育ってくれたことは、私自身嬉しいです。絵には人を変える力があるんだ、と実感しました。彼らに「出所後は漫画の道へ進め」とは言っていません。もし絵が描きたくなったら、お小遣い稼ぎに絵の技術が活きればいいな、くらいに思っています。いまは同人漫画やLINEスタンプのように、色んな方法がありますからね。

友光

漫画家本舗の活動はメディアなどで取り上げられ話題になりましたが、反響はいかがですか?

渋谷

サイトの売り上げ的にはまだまだです。ただ、テレビの放映直後はサイトのPVが普段の数万倍に跳ね上がりました。問い合わせもたくさんいただいています。連載を持つ漫画家さんからの「背景をお願いできないか」という相談や、漫画ではなく設計図のような線画を頼めないか、という企業からの相談など、さまざまです。定期的な仕事をいただけるようになれば、サイトを運営する体力もつきます。受刑者の皆さんには私の会社から報酬を払って絵を描いてもらっているので、ある程度の予算は必要なんです。サイトを今後も続けていければ、最初の構想にあった「漫画家のセカンドキャリア」としての絵の仕事も作っていけます。そうすれば、業界にも少しは貢献できるかな、と思うんです。

店データ
  • 漫画家本舗
  • 山口県の美祢市にある刑務所『社会復帰促進センター』の受刑者が、刑務作業の一環として描いた線画を販売しています。よろしければ彼らの社会復帰の応援をかねて、線画を使っていただけたら有難く思います。

撮影協力:梟書茶房

書いた人 : 友光 だんご

1989年生まれ。岡山県出身。早稲田大学文化構想学部卒。出版社勤務ののち、2017年3月より編集者/ライターとして独立。Huuuu所属。犬とビールを見ると駆けだす。

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